short | ナノ






悲しくはないんだ



「…………」
重たい沈黙が、控え室を支配する。
予想はしていたけれど、大健闘だったと思う。それでもやっぱり、まだプロには届かないというだけだったのだろう。
怪我からまだ、風祭が復帰していなかったU-19合宿、最終日。前回の日本代表選手と練習試合をすることになった。
GK功刀。DF椎名、須釜、高山。MF水野、郭、間宮、若菜。FW鳴海、藤村、真田。
GKに渋沢、FWに藤代を欠いての試合だったけれど、みんな代表を相手に善戦した。
前半、真田がフリーキックのチャンスを得るも弾かれ、前半は互いに無得点に終わった。後半早々相手にコーナーキックを与えるも、功刀がセービング。反撃とばかりにMFまであがって攻めるも、やはり得点はあげられない。ロスタイム開始二分、あの椎名を翻弄した代表陣が、功刀の頭上にループをあげた。高く跳ぶも、一瞬の遅れから指先がボールを掠めた。すぐにホイッスルが鳴り、試合は終了した。
有り体にいえば、負けたのだ。
「ちっ。あそこで決めてりゃよ」
「……何だよ、俺のせいだっていうのか?」
「一馬、止めろ」
沈黙に耐えかねた鳴海が、タオルを頭からかぶったまま足元のペットボトルを蹴飛ばす。立ち上がりかけた真田を郭が止める。
「ま、悩んでても仕方ないんちゃう?」
藤村が暗い空気を吹き飛ばすように手をたたく。
「そげんこつ言いよっても悔しかよ!」
「……たしかに」
高山が汗なのか涙なのかわからないものを流しながら言えば、椎名も賛成する。須釜が高山にタオルを渡す。
「はいはい、ぬぐって」
「昭栄、泣いてる」
「な、泣いてなか!」
若菜の指摘にあたふたとすると、高山は慌てて顔をタオルにうずめた。
「あーあ、今日が誰かさんみたいなチビじゃなけりゃなあ」
鳴海が、ずっと顔を伏せて黙ったままの功刀を見てこれ見よがしにため息をつく。
「なっ、カズさんはバリすごか男たい! 馬鹿にすんなちゃ!」
なぜかそれに高山が噛みつく。
「つーかFWが点穫れなかったことは棚上げ?」
椎名が参戦すると、
「ちゅーか誰が悪いわけでもないやろ」
藤村が仲裁に入る。
「あのボール、渋沢なら届いてたんじゃねえの」
まだ懲りずに、鳴海が功刀を攻める。功刀はただ、顔の汗をタオルでぬぐう。
「きいてんのか!」
「鳴海、やめな……」
無視をされた鳴海が功刀の胸ぐらを掴んだので、さすがに止めなければと一歩踏み込むと、高山が鳴海につかみかかるより早く鳴海は手を止めた。
「お前……。泣いて、」
ばっと鳴海の手を振り払うと、功刀は乱暴に顔をぬぐってカバンをつかむと走り出した。
「あ! カズさん!」
高山が追いかけようとするのを引き止める。
「ひとりにしてあげよう」
あとに残されたのは、呆然とするメンバーだけだった。高山ならまだしも、誰も功刀の涙を見ることになるとは思わなかっただろう。
「鳴海のせいか」
「あいつがそんな小さい男?」
真田が鳴海を糾弾するように見ると、若菜が疑問を呈する。
「悔しかったんだろ」
黙々と帰り支度をしていた水野がぽつりと呟いた。
「カズさん、昨日だってバリ遅くまで練習しゆうけん……」
高山が鳴海から視線を逸らして言う。
「大体、渋沢と比べたら大半がチビになるだろ。あいつそんな低い方でもないし」
椎名がカバンを背負って立ち上がる。
「じゃ。……あ、桔梗」
控え室をあとにしかけて、椎名が振り返る。
「なに?」
「あいつ、たぶん競技場にいるから、タオルとドリンク持ってって」
「え? 翼、」
手を振りながら、椎名はそのまま歩いて行った。
「じゃ、俺らも帰るか」
郭が声をかけると、バラバラにカバンを背負って控え室を出て行く。
「桔梗ちゃん、カズさんこつ頼んます」
「ショーエ、」
最後に高山が出て行くと、控え室には功刀の帽子だけが残っていた。その帽子をつかんで走り出す。
(その努力は、)
今日の試合が渋沢だったら勝てたか、そんなもしもの話は知らない。
(その悔しさは、)
守備も攻撃も、全力のプレーをしたはずだ。
(きっと力になる!)
競技場に駆け込むと、ゴールポストを使って懸垂する姿があった。
「カズ!!」
大きな声で呼ぶけれど、功刀はこちらを見ない。駆け寄ろうとして、功刀の口が動いた。それをみて立ち止まる。帽子を抱えて、投げ捨てられた功刀のカバンの横に座る。



(ただ、悔しかよ)