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寒い日



「寒い! バリ寒かよカズ!」
「おう……寒か」
吹き付ける北風に振り返ると、カズはマフラーにもそもそと顔をうずめた。鼻の頭が赤い。
「どげんして冬の北海道ばで練習なんね!」
「知らん」
空港を出て一面の白銀にときめいたものの、実際に外に出てみるとその寒さは想像を絶していた。
「とりあえず雪中ランニングせんな」
「ショーエイに先ば行かすがよ」
同じく寒そうにポケットに手を突っ込んだヨシが、バスが来るまでと雪で戯れているショーエイを見ながら言った。この中を15キロ走るのはさすがに大変そうだ。
「寒かぁ…。北海道ん選手ば逞しかね」
この雪の中で練習を積んだという北海道選抜の選手の話を思い出して、ため息をつく。息が真っ白で余計に寒さを感じる。
東北もそうだったなー、とつり目のサイドバックを思い出す。九州では雪の中で練習ができないので、雪はもちろん刺すような寒さには慣れていない。
「さっき東京選抜の奴見たけんな。あれは…フォワードや思う」
「東京? 鳴海、藤代、真田、あと…あれそれくらいや?」
「ああ、真田や。カズにつり目そっくりやき」
ヨシの言葉にカズはむっとする。本人に言うと雪山へランデブーさせられるだろうけど、かわいい。
「東京んも着いたんちゃねー。ちかっぱ関東、東海も来ゆうがね?」
「知らん」
カズに訊ねると、素っ気なく返ってきた。寒いの嫌いだっただろうか。
「うおー! 雪! カズさん雪ばこげんあるとですよー!」
「せからしいわこんアホ!」
ショーエイには元気に怒鳴り返すカズを見て、ヨシと一緒に笑う。
各地域選抜からさらに選抜された、この年代特別選手の合宿、九州からはヨシ、カズ、ショーエイの三人が選ばれた。その手伝いとして駆り出されたのはいいけど、もしかして九州選抜よりたくさんの面倒を見なきゃいけないのかとげんなりする。
「東京といえば、藤代、渋沢は呼ばれた言いゆうよ。あと、水野、と…郭? は決まってるらしか」
その藤代から届いたメールで確認する。東京からはやっぱり多い。
「やっぱ渋沢はいるけんな。よか」
何に対してなのかわからないけど、カズはポケットから手を出して腕を組んだ。どうでもいいけど、カズの帽子は飛んでしまわないのだろうか。あと仁王立ちで腕組むと迫力がハンパない。
「カズさーん!」
「ああん?」
クーリンヒット、というのが正に相応しいほど雪玉が豪快にカズの顔面に直撃した。ショーエイがまた新しく雪玉を作っている。この寒さの中輝くような笑顔だ。
「あたった!」
嬉しそうなショーエイとは裏腹に、カズは顔についた雪を払うと、帽子を深くかぶりなおした。何か、血管の切れるような音がしたのは気のせいだと思いたい。
「ショーエイ……」
「! ショーエイ、逃げろ!」
ヨシが叫ぶのとほぼ同時に、カズがショーエイに向かって駆け出した。雪の上なのに、よくあんなに速く走れるなぁと感心していたら、雪の中だろうが何だろうが、遠慮なしに跳び蹴りが炸裂した。ショーエイの大きな体が真っ白な雪に埋もれる。
「ば、バリ冷たかー!! ちょ、カズさん痛いし冷たかですよ!」
「せからしい! もう二三発殴らせんや!!」
ほとんど馬乗りになって、体格差をものともせずにカズがショーエイにつかみかかっている。
「こん寒さで元気やね…」
「よかよか。雪合戦でもやってみたかね」
ヨシの好奇心がうずき出したようで、早くほかの選抜の人が来てくれることを祈った。



結局、カズがショーエイに一通り教育的指導をしたあと、この寒い中暑そうに戻ってきた。ほかの選抜が到着したとき、ティーシャツのカズとショーエイを見てみんなが唖然としたのは言うまでもない。