パーティーをしよう。 「私考えたの」 何を、と口を挟むものはいない。李翠が口を開いたのが、あまりに唐突だったからだ。 「三蔵の誕生日パーティーをやろう」 それって…と、八戒が困り顔で頬をかく。その隣では悟浄が呆れている。 「そーゆーのって、普通は本人に内緒でやるもんじゃねェの?」 ねえ三蔵サマ、と窓際に陣取り、新聞を広げている三蔵を振り返る。三蔵は眼鏡をかけて眉間にこれでもかとしわを刻んでから、「知るか」と言い放った。 「でも楽しそー」 便乗したのは、やはり悟空で。 「おめーは飯が食いてぇだけだろ!」 それに突っ込んだのは悟浄で。 「でも、たまにはいいかもしれませんね」 八戒は、さぞ興味深げに賛同した。 「でしょ? やろうよ」 善は急げと椅子から立ち上がった李翠に、八戒が声をかける。 「買い物に行くんですか?」 「うん。あ、八戒にはきてほしい」 「…李翠、一つ言っとくぞ」 今までシカトしていた三蔵が、吸いかけの煙草の灰を落として、一拍。 「カードは貸さねえからな」 カードとはすなわち、三仏神のキャッシュカード、つまり三蔵一行の資金源で、それがあるから悟空が食べても食べても大丈夫なわけだ。そのカードを、今から買い物に行くという李翠と八戒に貸さないというのは、金は出さないと言うわけで。 「ええー! なんで!?」 「なんでもクソもあるか。自分の誕生日に金を使うわけねぇだろ」 しれっと言い放つと、再び煙草をくわえる。この際、新聞に引火するのじゃないかという心配をしている場合ではない。 当然といえば当然だが、カードがなければ李翠たちはほぼ一文無しなわけで、パーティーどころの話じゃなくなる。 「ご飯とか買ってくるだけだから!」 「鶏用意されても困んだろうが」 新聞の向こう側に隠れてしまった三蔵の表情はわからない。けれど相変わらず淡々としているのだろう。 「三蔵のばかー。けちー。びじーん」 「李翠、もはや貶してねぇケド」 悟浄がもしもーし、と三蔵に向かって声を張り上げる李翠の後ろ姿に声をかける。李翠はさっぱり話を聞いていない。 「いいじゃん、一年に一回なんだからお祝いしようよ。ちょっとだけ贅沢しようよ」 ぶうたれる李翠に、三蔵は尚も手厳しい。 「その隙に襲撃されたらどうすんだ」 「…そりゃそうだけどさ」 「ならいいだろ」 有無を言わせぬ勢いで会話を終了させた。 李翠はうなだれて三蔵の前にたち続けている。 「じゃあ、せめて三蔵の好きなマヨネーズはなしの方向でいきましょうか」 「八戒、なにがせめてなのかわかんない」 悟空が八戒に突っ込むと、悟浄が噴き出しそうなのを堪えていた。 「ちょ、それサイコー。やろうぜ李翠、……李翠?」 悟浄が李翠の方を見ると、李翠は微動だにしていなかった。さすがの悟浄たちも異変を感じる。 「李翠?」 「どした? 腹でもいてぇのか?」 八戒と悟空も心配して声をかける。三蔵が新聞をがさりとめくる。 「んな落ち込むなって。また今度…っておい! 泣くなよ!」 李翠を慰めに悟浄が近付くと、驚いたようにおたおたとし始めた。八戒はやっぱり、という顔で、悟空はえっ! と立ち上がる。三蔵は新聞をめくる。 「ちょ、李翠…だーもう!」 悟浄が赤い髪をがしがしとかきむしる。とりあえず李翠を椅子に座らせようとその肩を抱くと、三蔵が新聞をたたんだ。 「…さんぞー」 「三蔵」 「三蔵サマ」 三人が非難の目で三蔵をじっとりと見据える。三蔵は眼鏡を外して眉間にしわを増やし見返す。 「……」 悟空、八戒、悟浄と順繰りに見てから、短くなった煙草を手元の灰皿に押しつけた。ごそごそと煙草を探して袖の中を探る。 「おい三蔵、なンか言ったら…」 「李翠」 悟浄がいらっとして口を開くと、それを遮って三蔵が李翠の名前を呼んだ。一瞬、李翠の肩が揺れる。 「……煙草買ってこい」 そういって、三仏神のカードを放り投げる。李翠が受け取らず、カードは足元に落ちた。 「ちょ、三蔵!」 悟空がたまらず声を上げると、やはり三蔵が遮る。 「買うなら、酒買ってこい。悟空のノンアルコールも」 ぽかんとした一同に、それから、と付け足す。 「飾りはいらねぇから、食うもんと甘いもん」 立ち上がって、李翠の髪をくしゃりと撫でるとそのまま椅子に座った。 「それって…」 やっと李翠が口を開く。 「祝われてやる」 フン、と鼻を鳴らす姿がひどく幼く見えた。 |