それだけの幸せ どうやら今日は、珍しくクラウドに客人があるらしい。朝から部屋を片づけている賑やかな音が響いていた。客人はどうもクラウドの彼女らしい、との情報をつかんだレノがふれ回っていた。 曰わく、恐ろしく美人だと。 「なあ、クラウドの別嬪な彼女、気にならないか、と」 「それは気になりますけど…」 プライバシーの侵害になるのではと首を傾げると、ザックスが苦笑しながら「セフィロスに比べりゃマシだって」と言う。なるほど確かにそうではある。……が、やはり尾行や覗きがよくないとはいえ、真正面から本人に頼みに行くのもいかがだろう。 と思っているうちにチャイムを押してしまう。レノだ。 「……なんだ。あんたたちか。生憎今日は休みだ。配達ならあし」 「クラウド、彼女見せてほしいんだぞ、と」「興味ないね」 バタン、と一瞬でドアが閉められる。クラウドは相変わらずクールだ。 「バカ正直にいってどうするんだよ…」 「じゃあ、諦めて帰りましょうよ」 なんとなく安堵しながら振り返ると、目の前に白髪のブロンド美女が立っていた。 「あ、聞いてもいいか、な? クラウド・ストライフの部屋って、どこにある?」 「「「ええっ!!?」」」 小柄な体躯に、ほっそりとした腕、首、腰。白い肌にシルバーとダークレッドの瞳。赤いフリルのついた白いブラウスとデニムを着こなす、まるでモデルのような女性は、想像するにクラウドの客人…彼女、らしい。 「え、クラウド? クラウドならそこの…」 「名前教えてくれよ、と」 「は? ああ、アイリスだが」 「んじゃアイリス、アイリスはクラウドのかの」「おい」 ザックスとレノがアイリスを質問攻めしようとしたときに、まさに仕事帰りらしいセフィロスさんが通路に立っていた。ちょうど、アイリスの後ろに。 「邪魔だ。退いてくれないか?」 「え、ああ、すまない」 ひょいと小柄なアイリスが通路のわきによると、レノたちも反対側へよる。 「どうしたんだ、クラウドの部屋の前で」 さすがに知らない人の前だからか、いつもクラウドを話題にしているときより落ち着いている様子のセフィロス。 「いや、アイリスがクラウドに会いに来たんだぞ、と」 「彼女らしいぜー!」 「……何?」 セフィロスの眼光が鋭くなる。 「い、いや、私はただ高校が同じだっただけで…」 「貴様、アイリスと言ったな。本当にクラウドのかの」「おい」 ある意味、素晴らしいタイミングで。クラウドがドアを開いた。ちょうど、セフィロスがドアの前に立っている状態で。 「く、クラウド…」 「着いてたのか。…何やってたんだ、あんたたちは」 アイリスを見て少しばかり瞠目すると、セフィロスたちに呆れたように言い放った。 「彼女、すげぇ美人じゃ」「興味ないね」 レノがテンションも高めに言うと、クラウドはにべもなく言い放ち、アイリスの腕をつかんで家の中に引っ込んでしまった。 「く、クラウドに彼女だと…!?」 「すまないな」 「気にしてない」 こざっぱりと片付けられたクラウドの部屋は、机の上やソファーの上に仕事関係のものが転がっていた。セフィロスに押し付けられた写真集は、部屋の隅にまとめてある。 「日本茶と紅茶、どっちがいい?」 「え? ああ…どちらでもいいが、紅茶だと嬉しいな」 「わかった」 クラウド宅には電気ポットがあるらしく、すぐに出てきた。ふんわりと香の立ち上るそれを一口飲むと、アイリスは口を開いた。 「それで、何か考えたか?」 「ああ、いや…さっぱり」 「ひとつも? アクセサリーとか」 「いいのがないんだ」 クラウドの言葉に、アイリスは眉を寄せる。美男美女が向かい合う図は、なかなか見物だ。 「クラウド。来週だぞ、ティファの誕生日?」 「……」 アイリスの言葉に、ただでさえ無口なクラウドはさらに口をつぐんでしまった。 二人の共通の友人であるティファの誕生日、久しぶりにクラウドから電話がかかってきたかと思えば「ティファのプレゼントで何がいいか、相談したい」といわれてやってきたのだが。 「クラウド、シャキッとしろ。そんなんで一体いつ告白できるんだお前は」 照れ屋で内向的な性格に、アイリスは呆れてため息をついた。 クラウドがティファを好きだったことは、高校からずっと気付いている。そしてティファも、クラウドがもっと積極的になってくれたなら、と思っていることも。幼なじみだという二人には付け入る隙がない。なにより、お似合いの二人なのだから。 「私はカバンを贈るが、クラウドはどうするんだ。せめて何か、案はないのか?」 「だからアイリスに頼んだんだろ…。職場が同じだから」 「私はバイトだ。しかしまあ、……そうだな。新しいアクセサリーをほしがっていた」 言っていたわけではないが、クラウドのセンスで選んではずれがなく、かつ双方気持ち的によくなるのはやはり無難にアクセサリーだろう。あまり高いものでもないし。 「…とすると、ピアスか」 「大体決まったか?」 「……探してみるよ」 いくつか店の候補を脳内であげたのだろう。少しの間をおいて言った。 「じゃあ、私は帰っていいな」 さっさと腰を上げたアイリスをクラウドが驚いたように見つめる。 「もう帰るのか?」 「用がなくなったからな。このあと、見に行くんだろ?」 紅茶御馳走様、と言い残すと、ぽかんとしているクラウドをほうって玄関まで行ってしまった。「お邪魔しました」という声が聞こえて慌てて玄関をのぞくと、誰もいなかった。 「……」 わざわざ徒労してもらったのに悪かったな、とクラウドはちくりと考えた。 「はー……」 クラウドの部屋を出て、アイリスはドアにもたれかかると深いため息をついた。その場にしゃがみ込んでしまいそうになる衝動を抑える。 これからバイトに行かなければならない。当然ティファと顔を合わせることになるのだが、クラウドが彼女のプレゼントを一生懸命考えていると伝えるべきだろうか。 「喜ぶ、だろうな」 もちろんサプライズというのもありなのだが、クラウドの場合は伝えといてやるほうがいい気がしてならない。 「そりゃあの二人ならお似合いだろうな」 アイリスはぽつりと呟くと、歩き出した。 「いっそ失恋してみようか」 「誰にだ?」 「それはもちろん……ん?」 振り返ると、レノが立っていた。懲りずに玄関前で待っていたらしい。アイリスは変な住人だと眉を寄せた。 「秘密」 どうせもう、ここに来ることはないだろうから言ってしまっても良かったのだが、言ってしまったらささやかな幸せもなくなってしまうような気がした。 (彼女を見ていたっていい、)(話してくれるだけで)(それだけで幸せなんだ) (澪へ愛を込めて!) |