そこまでどこまでデリバリー 「双葉」 「あ、はい!」 また、敬語。くすりと笑って、エアリスが指を差した。 「あ、ごめん。……と、それで何?」 仕事だとわかっていても、彼女といるとオフの気分になってしまう。スタッフのときも、ホールのときも、ふわふわしているようでしっかりしている。お隣さんたちとはまた別の意味で変わっている。 「六時半に裏口から荷物、受け取って?」 ぴょこん、とエアリスの栗色の髪を縛るリボンが揺れる。 「裏口から?」 「そう。アンジールさんがね、新しく、仕入れたから、って」 厨房に立つアンジールさんの後ろ姿を想像すると、なんだか笑えた。 それじゃあ、といってエアリスがフロアに戻っていくのを見送りながら、時間指定ということはもしかして直接業者から受け取りなのかな、と首を傾げる。 まあ、あと30分以上あることだし食器でも洗ってこよう。 「仕事にはなれたか?」 「え? ああ、はい!」 洗った食器を片づけていると、注文が一段落したのかアンジールさんが後ろから声をかけてきた。いつみてもシェフの制服がよく似合っていると思う。 「おかげさまで、食費も浮くし腕も少しはあがったし。ありがとうございます」 「お前が熱心に勉強しているからだ」 小さくえくぼをつくると、アンジールさんが大きな手のひらで頭をくしゃくしゃに撫でた。ますます、お父さんみたいだなあという印象が強くなる。 ふっと壁にかかっている時計を見上げると、もうすぐ六時半になるところだった。 「あ、私、荷物受け取ってきます」 「え? ああ、そうか。少し重いかもしれないが頼めるか?」 大丈夫です、とガッツポーズを決めると、アンジールは厨房に戻っていった。 裏口にまわりながら、エプロンの裾で手を拭く。通りがかった鏡の前で少しだけ髪を整えると、裏口に駆け寄った。そっと鍵を回してドアをあけると、ちょうど配達のバイクが裏手に回ってきたところだった。 「ご苦労様です」と声をかけながらサインをしようとボールペンをノックすると、バイクに跨っていた配達人が意外そうに顔を上げた。あ。 「く、クラウドさん!?」 「あんたは…。なぜここに? アンジールとエアリスの職場とは聞いていたが」 紛れもなく、メゾン・ド・神羅のクラウドさんが、バイクの後ろにくくりつけたダンボール箱を持ち上げながら首をひねった。 「あ、私もバイトさせていただいてるんです」 「ああ……。重いぞ」 どさっ、と差し出した両腕にのせられた箱は、想像以上に重くてびっくりした。 「お、おも……」 「…その辺においておいたらどうだ。とりあえず、これにサインがほしい」 ぴらっと例によって紙を取り出すクラウドさん。言われたとおり、一度ダンボールは中に置いて、サインをする。 (えっと、お店、の名前でいいんだよね?) 一条双葉、と書きそうになるのをこらえてサインしたら、そのままクラウドさんに渡した。 「どうも。そうか、ここで…大変だろ?」 「そうでもないですよ。まかないも出るし」 アンジールさんのまかないは、本当においしい。クラウドさんもアンジールさんの腕前を知っているのか、目を細めた。 「そういえば、あんたはセフィロスと仲がいいのか?」 「え? あ、はい。プチプチ同盟です」 「プチプチ?」 クラウドさんが不審げな顔をする。 「まあ、あいつのしつこさはひどいから気をつけろ」 「ああ…納豆、でしたっけ?」 たしかレノさんだか誰かが言っていたような気がする。 「ネオジウム磁石だ」 「は?」 「納豆なんて生易しいもんじゃない。ネオジウム磁石並みにしつこいぞ」 物凄く眉間にしわを寄せながら言うものだから、そんなにひどいのかと首を傾げる。そうでもないと思っていたけれど、クラウドさんが言うならきっとそうなのだろう。 「あ、そういえばクラウドさんはほんとになんでも運ぶ配達屋さんなんですね」 まだ荷物がくくりつけられているバイクを見て言うと、クラウドさんはああそうだと思い出したように口を開いた。 「今回はご利用いただきありがとうございました。当社は手紙から家電まで、命あるもの以外はなんでも運ぶ、ストライフ=デリバリーサービスです。またのご利用を」 営業的に淡々と(いつもの無表情で)言い終えると、まだ配達があるからとバイクに乗って颯爽と去ってしまった。 「忙しいんだなぁー」 まあ、普段からセフィロスさんの相手をしていて大変そうだしな。 さて。これから、この荷物を厨房まで運ばなければならないのだけれど、どうにも私に持てるような重さじゃないようだ。今の時間は誰も手があいていないだろうし、どうしようか……と途方に暮れていると、ナイスなタイミングでアンジールさんがやってきた。 「届いたか。何だった?」 「えーと、ばのー、ら、りんご…?」 産地直送らしい、りんごのダンボールに入っている。伝票にもりんごと書いてあるからそうなのだろう。 「バカリンゴ? ジェネシスか」 アンジールさんも中身を知らなかったのか、意外そうに顔をしかめた。そうか、ジェネシスさんの実家で作ってるという噂のりんご。 「これ、料理に使うんですか?」 それにしても、メニューにあっただろうかとアンジールさんに訊ねると、たぶんなという返事が返ってきた。 「新メニューを考えろといわれている。たぶん、これを使ってな」 どう調理しようかとぶつぶつ呟きはじめたアンジールさんを見ながら、ひとついただいてアップルパイをつくってもいいかなあと考えてみた。 (ジェネシスさんやアンジールさん、それから) (……セフィロスさんに、かな?) (澪へ愛を込めて!) |