ちりぬるを



「――というわけで、一寸法師は大きくなり、姫君と幸せにくらしました」

どこかで見たような御伽草子を締めくくると、私の目の前にいる姫君は溜め息をついた。

「まこと、不可思議な話よ」
「所詮は作り事です」

そなたは夢がない、と怒られて内心苦笑する。例え葵姫に私の表情は見えないとしても、感情は表に出さない。それが、忍だ。
忍べずに読み聞かせしている自分は何なのか、という話だが。葵姫との一日ひとつ話を読み聞かせるという約束は、先方より早々に破られた。姫君が、ひとつでは解放してくれなくなったのだ。

「して仙蔵、次は?」
「姫、もう三つ目です」
「仕方なかろう。ここしばらく、祝言の支度で誰も相手をしてくれんのだ」

要するに、暇潰し。
護衛も兼ねた葵姫のお守りというのが本当の任務ではないかと疑うほどには、姫君の相手をさせられていた。
……満更では、ない。瞳に生きる輝きがないのが少しばかり惜しいが、それを抜きにしても葵姫は美しい。美しいものを好むのは、人の性というもの。

「……仕方ありません。では次の話は退屈ですので、それが終わったら止めです」
「構わんぞ」

姫君は肘掛けに体をもたれかけて、話を聞く姿勢をとった。退屈な話だと言っているのに、変わった人だ。
葵姫が所蔵している御伽草子も読み過ぎて目新しい話がなくなってきた。姫に諦めをつけさせようと、懐かしい忍術学園時代の出来事を思い起こす。そう遠い昔ではないのに、遥か昔のことのように思える。

「――まさに、焙烙火矢を投げようとしたその時、」

自分の話だということは伏せ、名前を伏せ、話す。葵姫は微笑みを浮かべて途中に何度も頷く。

「――駆けつけた仲間たちと共に、」

ふと、脳裏を過ぎる姿。
クソがつくほど真面目だった、文次郎。暴れたら手がつけられない、小平太。寡黙だが怒ると怖い、長次郎。うるさい割に色々と考えている、留三郎。不幸も極まった、伊作。
――懐かしい。

「…仙蔵?どうかしたか」

話が止まっていたのか、葵姫に声をかけられてはっとする。今は任務中だ。そして彼らは、いつ何時敵として見えることになるかわからない。過去に郷愁を抱いてはいけない。

「何でもありません。続けましょう」
「……うむ」

葵姫が寂しげに笑ったのが気にかかったが、私は無視して話を続けた。
こんな退屈な話など、やはりするべきではなかった。心の底に、何か澱のようなものが溜まるのがわかる。それはくだらないと一蹴するには余りに重く、捨てかねるものだった。

「――かくして、彼らは無事に任務を終えました」

あの喧騒も、生活の匂いも、いつの間にかまとめて過去にくくられていた。

「これで終わりです。さぞや退屈だったでしょう」
「いや?」

私に残されたのは、火薬の香りだけ。それで十分だと思っていた。

「面白かったぞ、仙蔵。そなたの冒険活劇は」

また聞かせてくれ、と葵姫が笑う。乾いた土のように、何かが心から剥がれていくのを感じた。
何かを見透かすように目を細めた葵姫の視線から逃れるように顔を背ける。この人は、声で全てわかってしまう。早くこの場を立ち去ろうと膝を立てると、畳の擦れる音に気がついたのか、葵姫が私を呼び止める。

「仙蔵、下がる前にこれを持ってゆけ」
「これは…?」

小さな包みを広げると、真っ白で真ん丸い何かがあった。

「饅頭だ。そなた、嫌いか?」
「……いえ」
「ならば良い。いつも迷惑をかけておるからな、礼だ」
「仕事ですから。結構です」

そう断るが、姫君は気配を頼りに私へにじりより、饅頭を包み直して押しつけてきた。眉を寄せて、目の前の美貌を睨む。

「葵姫、困ります」
「ならば私が無理矢理押し付けたことにしよう。さすれば他の者はまたかと諦めるぞ」

そういうことではない、と思ったが、それ以上言葉を紡ぐのは止めた。また寂しげな笑みを浮かべている。姫君が何を思っているかなど、わからない。私がどのように思われているかなど、わからない。ただ、その微笑みだけは見たくなかった。如何なる理由であれ、この美しい姫君には温かい笑顔を浮かべていてほしかったのだ。

「……では、失礼していただきます」

いただいた包みを懐に仕舞うと、葵姫が満足げに笑っているのが見えた。
火薬の香りが、鼻腔を掠めた気がした。



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