あの人の子供



俺が、歳の離れた従姉の子供に会うのはそれが二回目だった。一回目は、産まれたとき。向こうは覚えちゃいないだろう。
「俺、山県友起って言うんだ。お前の母さんの従兄弟」
「……浅野ひなです」
消えそうなくらいか細い声で、けれどしっかり名乗った。俺も小さい頃、ひなの母さんに叩き込まれた礼儀を垣間見て、少し笑みがこぼれた。
「今日さ、ひなちゃんに会うからってアルバム持ってきたんだ」
「……?」
怪訝そうに俺を見上げるひな。紙袋から取り出して、ひなの前に広げてやる。
「ひなちゃんの母さん。俺がこんなにちっこい頃から、仲良くしてくれた」
浅野夫婦に親戚は多くなかった。旦那はよく知らないが、母方はひなの母さんの両親…つまりひなの祖父母と、その姉妹で俺の母親である人。曾祖母はひなが産まれる前に死んでしまった。
「あと、ひなちゃんが産まれたときの」
ひなの母さんは、歳の離れた従姉だったからか、俺を弟のように可愛がってくれた。優しくて、目一杯愛情を注ぐ人だった。
「それ、プレゼントな」
「……いいの?」
「そのために持ってきたの」
軽くひなの頭を撫でる。
母親が亡くなり、葬式には行ったものの、俺は浅野さんとは挨拶をしなかった。とてもできなかった。そして父親と暮らしていたところの、事故。中学生の女の子が見るには、あまりにも酷な現実だ。
「今日はもう帰んだけどさ、明日もきていいかな? ひなちゃんに話したいこと、たくさんあるんだ」
君の、お母さんやお父さんのことを。俺が知っている限りで、君に伝えよう。君の心が壊れてしまわないように。君がひとりで泣かないように。
「…うん」
「そっか。ありがとな」
従姉から聞いていた天真爛漫なひなとは違った。それも当然と言えば、当然かもしれない。
「じゃあな、ひなちゃん」
「…さようなら、友起さん」
ひなが玄関に鍵とチェーンをかける音を確認して、浅野家を後にした。
ひなの祖父母は、介護施設に入っている。だから引き取ることはできないし、うちの親も似たようなもん。父方では渋っている様子があるというし、俺はひなを引き取りたいと申し出た。確かに二十代で社会人になったばかり。けれど収入はあるし、家だって両親のものがある。近くにはひなと同い年くらいの子供もいるし、何より、小さくて弱いあの子を、いつ傷つけるともしれない人間に預けるのは嫌だった。
「おにーちゃん、とか呼ばれたら理想だわな」
ちょっとだけアホなことを考えてみたりして。
俺は、初恋を捧げた従姉の子供を春から引き取ることになった。
それまでの数ヶ月間でひな本人を説得できたら、という条件付きではあったが。



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