雨の日の君と僕



雨の日は嫌いだ。何もかもをなかったかのように洗い流してしまうから……それは、人の生きた証さえも。
『ほんとすまん、ひな。仕事入っちまった。快斗か青子ちゃんと一緒に帰っててくれな!』
このメールがきたのはついさっき、つまり時刻にして四時二十分。
「友起君のばーか」
いつもなら雨の日、車で迎えに来てくれるはずの同居人は急な仕事だという。折り畳み傘くらい持っているが、結構な土砂降りなので一人では心細い。
雨の日は、怖い。
ひなにとって雨は死活問題ともなりうる。友人の黒羽快斗と中森青子もそれを知っているから、いつも声をかけてくれる。
「…だって、迎えに来るっていうから」
(友起さん、迎えにくんのか?)
(うん、みたい。二人も乗ってく?)
(ううん、青子たちは平気だよ)
(そっか。じゃあ、気をつけてね)
手を振って別れたのは三十分は前のこと。今ごろ二人は家についていることだろうな、とため息をついた。
「弱くなるの、待つしかないなあ」
校内はやけにガランとしている。テストが近いため、部活がないからかもしれない。
学校の近くのバス停からバスに乗れば、すぐに家につけるはずだ。ただ、バス停までの道のりが少し長いだけで。
「今日はスーパーに寄れないや」
買い物の計画を断念し、ふと黙り込む。ひなの他に人影はなく、雨が静かに降る音だけが聞こえる。黙っていると、何かに心を食われてしまいそうで、ひなは無理矢理明るい声を出した。
「そうだ! 今日はスパゲティにしよう。まだ、余ってたはずだし」
ザーザーと、雨足は強くなる一方。グラウンドの水溜まりに目を落とした時、教室のドアが開く音がした。
「やっぱいた」
「……快斗?」
「友起さんから電話あってさ。ひな、迎えに来てくれって」
制服のまま、荷物だけは持っていない快斗が笑う。こぼれかけていた涙はすぐに引っ込んだ。
「ありがと。どうしようか困ってたの」
ひながどうして雨を嫌うのか、友起以外には誰も知らない。しかし青子も快斗も、笑わずに、ひなを心配してくれる。ひなはそんな優しい二人が大好きだった。
「傘、持ってるか?」
「折り畳みなら」
「んじゃ、俺の貸してやるよ」
交換しようぜ、と言って大きな傘を貸してくれる。
「あ、けど、跳ね返り結構すげえから」
「うん、わかった」
昇降口で傘を開くと、同時に快斗が指を鳴らした。ぽん、と色とりどりな花が落ちてくる。
「…快斗ってば」
「お気に召しませんでしたか、お嬢さま?」
「いいえ、とっても気に入りました」
ふざけた快斗にひながふさげ返すと、快斗は再び指を鳴らす。ぱちん、という音に続いて、羽ばたく音。真っ白い鳩が、花の代わりに現れていた。



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