ご近所さんこんにちは



母親の若い従兄弟だという友起君の家について、ダンボールをあらかた部屋に運び終えたあとだった。玄関のチャイムが鳴ったけど、友起君は手が放せない。勇気を奮って、ドアを開けた。
「ちわっす、回覧板届けに…お?」
「……こ、こんにちは…」
同い年くらいの男の子が立っていた。大人の人かと思ったから出てきたのに。
「オメー、友起さんの従姉妹かなんかか?」
「えっと……」
何と答えるのが正しいだろう。血はほとんど繋がっていない。かと言って、わざわざ作り直してもらった表札から兄妹じゃないこともすぐにわかる。困っていると、家の奥から友起君がぱたぱたとやってきた。
「快斗ー! ひなに近付くな、ぶっ飛ばすぞ!」
「ええ!?」
友起君が、私と男の子の間に立って回覧板を受け取る。男の子は不審げに私を見ている。それもそうだけど。
「ひなってーの、名前?」
「う、うん…。浅野ひな」
「ふーん…俺、黒羽快斗ってんだ。よろしくな!」
ぽふんと音がして、黒羽君の手には真っ白なマーガレットが握られていた。
「すごい! マジック?」
「ああ。やるよ、これ」
鮮やかな手つき。一瞬の早技。そして、輝くほどの黒羽君の笑顔。眩しくて、思わず見とれてしまう。
「かーいーとー? 何勝手にひなのこと口説いてやがる!」
「ば、バーロォ! 自己紹介だ!」
友起君が預かってろと言って、回覧板を投げてよこす。黒羽君にヘッドロックをかけている。
「ちょ、友起君!?」
「大丈夫だぜ、ひな」
「え…?」
またもや音がして、今度は煙が立ち込める。すぐに晴れたそこに、黒羽君はいなかった。玄関から離れたところで手を振っている。
「じゃーな、また!」
「にゃろう…! おい快斗! ひな、お前と同じ中学行かすから頼むぞ!」
まっかせとけー、と陽気な声が返ってきて、友起君は呆れたように息を吐いた。
「悪いな、ひな。快斗はあーゆーヤツなんだ」
手に力をこめれば、くたりと折れてしまいそうなマーガレットを見つめながら首を横に振る。
「黒羽君と、仲良くなりたい。…なれるかな?」
私のことを知る人がいないところまで逃げてきた。だけどいつかは知られてしまうかもしれないし、まだ、同年代の子は怖い。
「大丈夫だ。わかるだろ? 快斗はすっげーいいヤツだぜ。まだまだガキンチョだけどな」
「…うんっ」
新しい生活は不安だけど、黒羽君の笑顔に、何だか救われる気がした。



***



回覧板を届けに、山県家を訪れたはずだった。いつものように友起さんが出てきて、新作マジックで驚かせてやろうと思っていたのに、期待に反して、見ず知らずの女の子が出てきた。
「ちわっす、回覧板届けに…お?」
「……こ、こんにちは…」
今にも消え入りそうな声で挨拶をしてきた少女。たぶん、年は同じくらい。青子より少し短い髪が揺れている。
「オメー、友起さんの従姉妹かなんかか?」
友起さんは一人暮らしのはずだ。親戚の子が泊まりに来ているんだろうか。
「えっと…」
「快斗! ひなに近付くな、ぶっ飛ばすぞ!」
「ええ!?」
奥から友起さんの声が聞こえてきて、次の瞬間、俺と少女の間に割り込むように立っていた。おいおい、戸惑ってんじゃねえか。
「ひなってーの、名前?」
「う、うん…。浅野ひな」
動作とか、視線の落ち着かない様子が小動物みたいだった。少し怖がっているかのように見えたので、いつものマジックを披露する。
「俺、黒羽快斗ってんだ。よろしくな!」
仕込みがなかったので、咄嗟に出したのはそこにあったマーガレット。ひなは、一瞬目を丸くすると、ふにゃりと力をぬいて笑った。何の警戒心もない、屈託のない笑顔に言葉が詰まる。
「すごい! マジック?」
「ああ。やるよ、これ」
ありがとう、と嬉しそうなひな。そう言ったあとの表情は、仮面のようにどこかぎこちなかった。
「かーいーとー?」
友起さんが怒ってヘッドロックをかけてくる。バーロー、ただの自己紹介だ!
「ちょ、友起君!?」
「大丈夫だぜ、ひな」
心配そうに俺を見るひな。不安げな瞳は、どこか定まっていないように思えた。
煙玉で視界をくらまして、そそくさと立ち去る。あまり長居をしても、初対面ではひなも気疲れするだろう。
「じゃーな、また!」
「おい快斗! ひな、お前と同じ中学行かすから頼むぞ!」
「まっかせとけー」
友起さんの言葉ににやけそうになる。関係性は結局わからなかったが、どうやら今年の転校生らしい。青子がまた騒ぎそうだと苦笑する。
「……浅野ひな、か」
マジックをしたときだけ、ひなの素顔を見た気がした。それ以外は、薄い膜に覆われているような、はっきりしない何か。当然事情があるのだろうけど、いきなり俺が聞けるはずもない。俺はただ、気になってしまったのだ。あの女の子を、心から笑わせてやりたい、と。



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