大切なもの






ずっと、アイリスのことを気にかけていた。バハムートと戦っている最中、エアリスの幻を見た時も。カダージュを追いかけて、ヤズーやロッズと戦っている時も。そして……今も。

「何がお前を強くした?」

ひどく楽しそうに、怜悧な笑みを浮かべる目の前の男。構えた刀は身の丈よりも遥かに長く、鋭い印象に反さず、殺傷能力は恐ろしく高い。

「くっ……アンタには、言いたくないね!」

大剣で弾き返すと、周囲を切り崩して、既に壊れかけた建物をさらに壊して外へ出た。眩しさに目がくらみそうになる。
カダージュは、自分自身を偽物だと認めていた。所詮はセフィロスの操り人形で、その存在も、その行動も、自分の意思ではなく、星と化したセフィロスに操られていただけなのだと。
アイリスは、自分はカダージュに近しいものだと言ったが、異なるものだとも言っていた。それはつまり、彼女はセフィロスから生まれた思念体ではない、ということなのだろうか。そう簡単にライフストリームから形を得た生物ができるとは思えないが……。

「――クラウド、お前にわかるか?」

「…っぐ」

思考を許さぬように、セフィロスの刀が斬りかかってくる。俺だって考え事をしながら戦いたいわけじゃない。しかし、なぜかアイリスがそうさせるのだ。彼女のことを、考えずにはいられないのだ。

「ライフストリームの中は孤独だ」

ふっとセフィロスの瞳によぎった陰が、アイリスの瞳を思い起こさせた。明るい翡翠色の瞳が、柔らかみを帯びた緑色に見える。

「そこは形もなく、本来ならば思考もない。あたたかく、居心地の良い場所だ」

「ふっ!」

一度距離をとろうと跳ぶが、すぐに迫ってくる。

「しかしあれは、母さんの敵だ。私には冷たく、厭わしく思える」

思念体は、そしてこのセフィロスは、ライフストリームから生まれたものではないのだろうか。今の言い方だと、セフィロスという個がライフストリームに成りきれず、カダージュたちを送り出した、という風に聞こえる。水と油のように、どうしても一緒になれないもの…命はすべて星へ還るときくが、例外が有り得るのだろうか。

「自我を失って星の一部になるなど、正気の沙汰ではない」

風に溶けた呟きと流れる白銀を追う。例えセフィロスが思念体から復活した存在で、本来の彼とは異なるといえども…やはり、強い。生半可な力ではかなわない。

「クラウド……お前への贈り物を考えていた」

完全に、見下ろす立場になって、片手を広げながら振り返ったセフィロスは、すぐに刀を持ち直して落ちてくるビルの瓦礫を斬った。それを斬ると、その向こうからセフィロスが襲いかかってくる。

「絶望を贈ろうか」

恋人の睦言のように囁かれた言葉に寒気が走る。

「はっ!」

瓦礫を斬り、少しでも広い場所へ移動しようとビルを上っていく。屋上につくと、今までの衝撃やらダメージやらがどっと押し寄せてきて、思わずガクンと膝を突いた。しかし休む暇も与えず、追ってきたセフィロスの刀を崩れた姿勢で受け止める。当然受けきれるはずもなく、じわじわと斬りつけられていく。突き押されて、後ろへ転がった。

「お前の大切なものは、なんだ?」

再び、問い。

「それを奪う喜びを…くれないか」

右肩に走る痛みと熱に歪む顔を必死で堪える。その言葉で脳裏をよぎるのは、ティファたち、マリンやデンゼル、ザックスとエアリス、そして、――この世界。
肩を貫通している刀を抜いてセフィロスと対峙する。全身が悲鳴をあげるように痛い。息も整わず、今にも地面へ崩れ落ちてしまいそうだ。

「…アンタは何も、わかっちゃいない…!」

真っ黒な片翼を携えて刀を構えなおしたセフィロスに向かって大剣を振るう。手元のそれと合わせて七本になる組み合わせ剣をすべてバラバラにし、彼を囲むように浮かぶ。

「大切じゃないものなんか、ない」

驚きに目を開くセフィロスをよそに、それら一本一本を持ち替えて次々と斬りかかる。
その言葉は、俺自身にも言い聞かせるようで。

「思い出の中で……じっとしていてくれ」

ザックスや俺が憧れた、英雄のままで。

「私は…思い出にはならないさ」

薄い笑みを浮かべて、その体躯を大きな翼に隠して消えた。セフィロスが消えたあとに残されているのは、衰弱しきったカダージュだった。



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