桜前線、君を待つ。 | ナノ



第 四 話




「それはずばり、どこからどう考えても恋、だね」
目の前で小汚い格好をした男がカメラ目線で言った。
「あの、意味がよくわかりません」
「…まさか妃琉、恋をしたことがないなんて言わないよね?」
「……な、ない、です…」
大きな音を立てて、太乙が腰掛けていた機械を蹴飛ばした。椅子は来客用のものしかないようだが、大丈夫なのだろうか。いつ来訪しても心配な所だ。
太乙は、父方の従兄だ。兄上と同じくらいだったはずだけれど、……私はどうやら、人の年齢を覚えるのが苦手なようだ。
「有り得ない…さすがに二十数年生きてきて…」
太乙がぶつぶつと頭を抱えて呟く。今日は休みなのか、バイトのナタクもいない。
「あ、でも兄上を初恋とす…」
「認めないよ、それは!?」
「はぁ……」
飛び跳ねるように起き上がった太乙が、低い天井に頭をぶつけた。色々と大丈夫か心配になる。
なんとなく暇だったので久しぶりに工房に顔を出したら、暇つぶしにと捕まった。最近そんなことばかりな気がしたけれど、時間はたっぷりあるのでこうしてお茶をいただいている。
世間話で、いつものように彼氏はまだか、という話になったところで口ごもると、なぜか嬉々として太乙が問い詰めてきた。よくわからないから、折角だし相談をと思ったのに、やはり姉上と同じことを言う。
「っつー……。それより、相手は誰だって?花屋?」
「あ、はい。玉鼎さんと…」
「え、玉鼎!?」
……誰も彼も玉鼎を知っている不思議について、私はどうしたものだろう。世間は狭いとは本当のことだ。
「なんで玉鼎?いや、玉鼎はない。玉鼎に恋するくらいならナタクにするべき!」
「なぜナタクくんが?」
「贔屓だから気にしない!え、それより本当に玉鼎?」
兄上や太乙は勢いがあるから、いつも流される。そのほうが楽だけれど、そうしていると怒られる。
「太乙兄さんが、私の感情を恋だと仰るなら…」
そうなります、と続けようとしたのに。
「その言い方だと、僕に告白するみたいでドキド」
ガシャン、と天井から吊り下げていた大きな球体が太乙を押し潰した。ろくに座る場所もないのだから、整理しないと地震で死んでしまう気がする。
「あの妃琉がねー、恋を…ほー」
なぜかあたりをキョロキョロと見回して、不思議な方向に向かってキメ顔を作る。そこには壊れた冷蔵庫しかないはずだけれど。
「…まあ、玉鼎に会いに行くのもいいけれど、燃燈…いや、それより竜吉姉さんに気をつけるんだよ」
「姉上に?なぜですか」
こっそりと、私の耳元で囁く。
「あの人は誰よりも妃琉を大切にしているからね。バレたら玉鼎の命が危ない」
「えっ!?」
「ただでさえ、玉鼎は彼女の後輩だ…何をされるかわかったものじゃない」
太乙の言葉に、ぎょっとして彼を振り返る。ふざけているのかと思っていたのに、すごく真面目な顔をしていた。太乙がこんなに真面目に言うのだから、真っ赤な嘘、というわけではないようだ。私には見当もつかないけれど。
「とりあえず、聞く限りではその花屋、知り合いがいるみたいだし。しばらくは通ってみたらいいよ」
「通う、ですか」
「うん。一週間に一度くらいがいいんじゃないかな」
太乙が壊れた電子レンジの山に腰を下ろそうとして、また転んだ。その衝撃で周りにあった山が崩れて太乙は隠れてしまった。
「まあ、相談にはのるからいつでもおいで。仕事がなければ相手になるよ」
くぐもった声を聞きながら、工房を後にした。





帰りにスーパーによって、夕食の材料を買って帰ることにしたので、姉上に連絡をいれる。
「……出ない」
いつもならすぐに出てくれるのに、今日は珍しく留守電につながった。仕方がないから伝言を残し、夕方のタイムセールのおばさんたちに負けないようにする。……する、けれど。
「……無理、です」
毎度挑戦して、毎度諦めている。お肉はお肉屋さんで買うしかない。いつものことだから、値引きしてくれるけれど。
「…お前、」
「はい?…あ、玉鼎さん」
ティーシャツにエプロンではない、買い物かごを持った玉鼎がいた。驚いたのか目を丸くしている。
「こんばんは。玉鼎さんもお買い物ですか?」
「ああ。…妃琉、どうかしたのか?」
ちらりと玉鼎が持っていた鶏胸肉に目をやると、玉鼎が首を傾げる。玉鼎は背が高いし、男の人だから楽にとれたことだろう。
「いえ、別に」
「……いる、か?」
「え?」
「トリムネ。今夜はカレーか鍋か迷っていたところだ。肉がなければ、鍋にする」
優しく私のかごに鶏胸肉を落とす。玉鼎さんのかごには、鍋に使えるような葉物がほとんどないのに。
「で、も」
「気にするな」
「…はい」
買い物かごが似合う姿とか、スーパーに溶け込む雰囲気はすっかり主婦なのに、さりげない優しさに胸が高鳴る。人の邪魔にならないようにとまとめられた髪に、楊ゼンのものか、髪飾りがつけられていて可愛らしい。
「ありがとうございます」
「……ああ」
照れたようにそっぽを向くところが、なんだか楊ゼンそっくりだった。





「太乙、今の話は本当か?」
「い、いや、妃琉にきかないと……」
「妃琉は、玉鼎を好いておる。…これは、真か?」
「……たぶん」
「ほう。…では、玉鼎にじっくり挨拶に向かわねばならぬようだな」


[*prev] [next#]

[しおりを挟む/TOP]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -