桜前線、君を待つ。 | ナノ



第 一 話




「大学を出たら、家出するつもりなんだ」
昔、ある男が言った。
男のくせに、深い青の髪をポニーテールにしている、なんというか美しい人だった。
「大学を出たら、ですか?」
「一応、学費は出してもらっているからね」
困ったように笑うと、抱えていた紙束か何かを抱き直す。
「就職するんですか」
「どうかな。しばらくはバイトで繋ぐつもりだよ」
――元気にしているかな、女装趣味のあの人は。





大学を卒業して数年経った。
就職する予定だったけれど、姉上の熱烈な反対に逆らうこともできず。兄上を宥めて自宅でワークショップを開く姉上の手伝いをすることになった。兄上は、よく私と姉上を養っていけると感心する。
「ここ、ですよね…?」
それはさておき、先日、久々に知人からメールがあった。
大学を卒業したら家出をすると言っていた楊ゼンだ。なぜか、使っていないなら教科書を譲ってくれという話で、よくわからないながらも指定された住所までやってきた。
「……仙桃花店?お花屋さん?」
表のガラスには、『漢方あります。二階へ。』という張り紙がある。
恐る恐る、足を踏み入れた。
「あの、すみません…」
二階から、ゆっくりと階段をきしませながら男の人が降りてきた。背が高く、体つきもしっかりしている。足元まである長い緑の黒髪を後ろでくくって、ティーシャツの上にはエプロンを、手には鉢を持って、深い瞳で私を鋭く射抜いていた。
「何か」
「あ、あの、こちらに楊ゼンさんという方はいらっしゃいますか?」
「……何?」
ピクリと眉が動き、上から下まで眺められる。声は、楊ゼンや兄上と違って、低く重い。
「彼にこれを届けに来たのです」
紙袋を持ち上げると、その人はレジに持っていた鉢を置いて振り返った。
「名は何と言う」
「えと、私ですか?」
小さく頷いた。
「私は、妃琉と言います」
「…呼んでこよう。しばらく、その辺を見ていてくれ」
「あ、はい」
階段を上がるたびに、背中で髪が揺れた。
お言葉に甘えて、店内の花を見て回る。今度、ワークショップでお花をいけるときはここの花を使いたいなと思った。とても大切に扱われていることが伝わってくる。
「やあ、妃琉」
「楊ゼンくん!お久しぶりです」
タートルネックをスマートに着こなした楊ゼンが二階から降りてきた。相変わらず、髪は長いままだ。
「これが頼まれたものですけど…どうしたんですか?」
「師匠が漢方を扱っているから、僕もと思っただけだよ」
「師匠ですか」
私がやっとこさ持ってきた紙袋を、軽々と受け取る。
「さっき会わなかったかな。店長で玉鼎師匠」
さっき、と言われて、髪の長い…姉上くらいあった、少し怖い雰囲気の人を思い浮かべた。彼が玉鼎さんと言うのだろうか。
「会ったかもしれません」
「そう。そういえば、妃琉は就職どうしたの?」
「あ、私は……」
楊ゼンにのせられて、つい世間話を始めてしまった。





「ほんとにごめんなさい!こんなに長く…」
「それはいいけど、送らなくて平気?」
何時間も話し込んでしまい、外はとっぷり日が暮れていた。楊ゼンと玉鼎に平謝りする。
「すみません。今度はきっと客として来ますね」
「歓迎しよう」
玉鼎は気にした様子でもなく、閉店の看板を表にかけていた。
「またね、楊ゼンくん」
「ああ。また」
そうだ、と玉鼎が思い出したように顔を上げる。何と言うか、優しいお父さんみたいなイメージがある。安心できるというか。
「ぜひ、竜吉先輩に宜しく伝えてくれ」
「あ、はい…」
外出しない姉上を、どうして知ってるのだろう。
気になって振り返ると、二人は中に入っていくところで、声をかけられなかった。


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