芽吹く命・後

いくつもの出会いがあり
いくつもの別れがあった
いくつもの命があり
いくつもの死があった
それでも世界は在り続け、人々は生きていた。
確かに、生きていた。



数日をかけてゆっくりと世界を見て回ったが、最後に残しておいた一カ所を除いて、旅の軌跡はなくなった。
誰もがわかっていた。次に行く場所がどこであるのか。その上で、シドはアイリスに尋ねた。
「アイリス、次はどこだ?」
「――忘らるる都へ」
了解、と軽く呟いて、飛行船を操縦する。
マリンとデンゼルは、さすがに長旅で疲れたのか、奥のベッドで横になっている。アイリスは二人の様子を見たあと、相変わらず具合の悪そうなクラウドのもとへ行った。
「すまないな、クラウド」
「俺は、いい。それよりも、あんたは平気なのか?」
アイリスの心配そうな顔を片手で遮ると、クラウドは真っ直ぐにアイリスを見つめた。その視線の一部が、まだ体型の変わらない下腹部にあることに気付いて苦笑する。
「ありがとう。けど、大丈夫だ」
クラウドの隣に座ろうとしたところ、ティファに呼ばれ、アイリスは行ってしまった。
残されたクラウドは、左胸のあたりを強く握っていた。





青白い月が照らし出す、巻貝のような形をしたそこは、数年前と変わらず、厳かにある。どこまでも澄んだ水を湛えているが、水底には月明かりが届かず、何があるのか見ることはできない。
「ねえ、ここ……」
マリンが不安げにアイリスの手を引いた。デンゼルも、どこか落ち着きなくあたりに視線を走らせている。
「もう何もないよ」
黒い水も、彼の思念体も。
言葉にせずとも、何のことか伝わったのか、二人は恐々と頷いた。それを見て、アイリスもひとつ頷く。
マリンとデンゼル以外が、あの時と同じ位置に立っていた。アイリスは二人の手を引いて、祭壇の前に立つ。祭壇の上には、クラウドが背を向けて立っていた。あの瞬間と同じように。
「…………姉さん」
その後ろ姿を見て、アイリスはその場にぺたりと座り込んだ。呟いた言葉を聞き取れたのはそばにいた二人だけで、けれど意味が分からずただ首を傾げる。
「アイリス、どうしたの?」
「もしかして、具合悪いんじゃ…」
オロオロとし始めたマリンとデンゼルの手を強く握りしめ、アイリスは何度も「大丈夫」と譫言のように繰り返した。
ふっとクラウドが振り返り、一歩ずつ、確固たる足取りで祭壇を下りてくる。ピンと張り詰めた水面に目をくれてから、アイリスの前で膝をつき、顔をのぞき込む。
「大丈夫だ」
少しも似付かわしくないというのに、そう言った彼の姿は、元気に溢れる幼なじみと、優しさを抱いた名ばかりの姉の姿に重なった。
「ザックス……エアリス……」
「大丈夫だ」
三人をまとめて腕の中に収めてしまうと、クラウドは何度も同じ言葉を繰り返した。アイリスの言葉にかぶせるように、何度も、何度も。
やがてティファたちがそっと集まってきた。月明かりと静謐に満ちた空間で、誰もが黙って立っている。
どれくらいかわからないが、しばらくして、アイリスがクラウドの背中をそっと叩いた。それに気付いて解放すると、アイリスはすっくと二人の手を引いたまま立ち上がった。
「もう、十分だ。見せてやりたいものは、これで全部」
その言葉にシドが一等はじめに背を向けた。
「そんじゃ、帰りますかね。始まりと終わりの場所へ」





ミッドガルの近くに飛行船を着陸させ、全員がセフンスヘブンに戻った頃にはすっかり暗くなっていた。数日分の疲れからか眠ってしまったマリンとデンゼルは、バレットが部屋のベッドまで運んだ。
大人たちは、いつものように女性陣と男性陣で部屋を別れようとしたのだが、それでは一部屋余ると気を利かせたティファが、アイリスとクラウドをその部屋に押し込めた。
心遣いはありがたかったが、二人とも疲れていてゆっくり話すこともできず、ただ、静かに眠りについた。





アイリスの子宮は、いつからか見る間に大きくなっていった。
クラウドはそれに合わせて仕事の量を調節し、できる限りセブンスヘブンにいるようにした。
知り合いたちが、代わる代わる様子を見に来た。
ゆっくりと、時間だけが過ぎていった。





 + + +





ティファから電話をうけたクラウドは、フェンリルのスピードを限界まで出してミッドガルに戻ってきた。店の前に停める手間さえ煩わしく、乗り捨てるようにして休業日の店へ飛び込む。
誰もいない一階のフロアを一瞥してから、階段を駆け上がる。
「――アイリス!」
一息つくと、部屋の扉を開けた。
ベッドにはいるけれど身を起こしていたアイリスが、飛び込んできたクラウドを見て瞬いた。苦笑いしながら、ベッドのそばにいたティファがクラウドを呼ぶ。
「クラウド、」
視線が手元に吸い寄せられる。赤子一人にしては大きすぎるような膨らみ。
「クラウド、名前、どっちも使えそうだ」
「え……?」
嬉しそうにアイリスがいうと、ティファが小さな生き物をくるんでいた毛布をよける。そこには、ふっくらとして肌の白い赤ん坊が二人いた。
「どっちも、って」
「双子」
クラウドが困惑していると、ティファがあっさりと言ってのけた。一瞬、クラウドの全てが停止する。すぐに動き始めた思考が加速して、ようやく事実に至る。
アイリスはやっぱり珍しいんだろうな、といってティファの手から二人を受け取ると、ゆっくりとあやすように腕の中で揺らした。クラウドはベッドの端に腰を下ろした。
「男と女か」
「うん」
はにかみながら頷いたアイリスを見て、珍しいだとかそんなことは全てどうでも良くなった。ただ、そこにいてくれる。その事実だけが嬉しかった。





赤ん坊が目を開いたとき、一騒動あった。
「っ、クラウド!?」
「どうした?」
アイリスが慌てて呼ぶと、クラウドは素早くやってきて、膝をついてアイリスを見上げる。
「目が……!」
女児を抱きかかえてオロオロとするアイリスの腕の中をのぞき込むと、マテリアのように真ん丸い瞳があった。その色は、懐かしい彼女によく似た淡いグリーン。ハッとして、クラウドは自分が抱いていた男児に目を落とす。
「――青い」
うっすらと開かれた目は青く広がっていた。ただし、クラウドのように澄み切った青ではなく、晴れ渡る空のように爽快な青だ。
クラウドはアイリスと顔を見合わせると、くすりと笑った。まだ不安げな様子のアイリスの肩を抱き寄せて隣に腰かける。
「二人からの、贈り物かな」
「……ふたり」
「ああ」
冗談めかして言うと、反復するアイリスに微笑みかける。
「……うん、そうだな。きっとそうだ」
綺麗な瞳を閉じた赤子を見下ろし、クラウドに体を預ける。二つの寝息が響く部屋で、身じろぎもせずに座っていた。
「――どうか、今度こそ幸せに」
おやすみザックス、エアリス。
そう言って、アイリスも静かに瞼をおろした。



英雄が生まれたのは花咲き乱れる教会だった。
英雄と出会ったのは花が似合う少女だった。
英雄が旅立ったのは見晴らしのいい場所だった。
英雄の想いを背負ったのはひとりの青年だった。

いくつもの出会いと別れを繰り返し、英雄はその名を刻んだ。
何人もの英雄が想いをかけて命を賭した。
命の流れと共に、今はただ眠っている。
もう一度彼の人に出会えたなら、こう言って迎えよう。





「おはよう、久しぶり」



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