芽吹く命・前

「結局、どっちだ?」
「うーん、どちらかといえば、クラウド?」
「でも、……なぁ?」

真ん丸く見開かれた淡い青と緑の中間のような瞳に見つめられながら、クラウドとアイリスは顔を見合わせた。





 + + +





「まだ二ヶ月だぞ、と」
「ああ、わかるか? もう二ヶ月なんだ」
はにかんだアイリスを見て、レノが盛大にため息をついた。
「俺が言いたいのはそっちじゃないぞ、と」
そう言ってグラスの中身を一気にあおると、ティファに追加を注文する。ティファは苦笑しながら、レノに新しいグラスを渡した。
一方のアイリスはきょとんと目を丸くして、首を傾げていた。
「じゃあ、なんの話だ」
ティファがくすくすと笑いを殺しながら、「レノの失恋から?」とふざけたように言う。当然レノは否定してから、アイリスを上から下まで眺めた。
「アイリスとクラウドが結婚してから、まだ二ヶ月だぞ、と」
「そうか…そういえばそうだな」
「それなのに、子どもがもう二ヶ月ってなあ……」
まだ衣服の上からははっきりとわからないが、その腹部に目をやってから気まずそうに目をそらした。
ティファの手伝いを終えたマリンが、アイリスたちの座っているテーブルに肘を突いて、にこにこと笑いながら会話に交ざってくる。
「ね、アイリス」
「うん?」
たまの奢りをいいことに、レノは適度に注文しつつマリンとアイリスの会話に耳を傾けた。
「もう名前は決めたの?」
「ませすきだぞ、と」
飲んだものを噴き出しかけたレノがぼそりと呟く。ティファだけが肩をすくめるように笑ってみせる。
期待のこもったマリンの瞳を見つめ返して、アイリスは柔らかく微笑んだ。
「ああ」
「えー! 何、なんていうの?」
がっかりしたような、楽しいようなテンションでアイリスに訊ねる。
レノも体の向きをかえて、興味津々な様子だ。
「決まってないなら、俺が考えようと思ってたのに残念だぞ、と」
「ああ、そうだったのか?」
冗談だ、と言ってレノが肩を揺らして笑った。





十二時をまわるころ、やっとレノが重い腰を上げた。マリンも寝る時間だから、とティファが部屋に連れて行った。
「ま、なんかあったら寝床を提供くらいはするぞ、と」
軽口を叩くレノに、アイリスは苦笑して返す。
「レノ、暗いから気をつけて――」
「おっと、クラウドか」
出入り口に立っていたレノが、真っ暗な後ろを振り返って驚いたように目を丸くする。アイリスがレノの後ろをのぞき込むと、仕事があがったらしいクラウドが疲れた顔をして立っていた。
「…レノか」
レノはにやりと笑いながらクラウドに道を譲る。
「クラウド、お前ネーミングセンス皆無だぞ、と」
邪魔者は帰るぞ、と言いながら、赤毛は闇に紛れてしまった。
セブンスヘブンに入ってきたクラウドが、訳が分からないという風にアイリスを見る。苦笑しながら、アイリスがいきさつを話す。
「…それで、か」
疲労と呆れのため息を混ぜて吐き出すと、アイリスがそっと寄り添う。
「クラウド」
「ん?」
アイリスの指通りのいい髪を撫でながら、聞き返す。はにかむアイリスを見て、つられてクラウドの表情も緩む。
「明日、バレットたちが来るらしいんだ」
その連絡に、クラウドは少し眉をひそめた。いくら忙しくてなかなか電話に出られないとはいえ、やはりクラウドにもきちんと連絡してほしいことだ。
「それで、みんな、来るんだ」
「…ああ」
みんなが誰と誰なのかは、尋ねなくてもわかる。
「だから、な」
アイリスはクラウドの手を取って、宝物を抱きしめるように、そっと両手で包み込む。
「たくさん、たくさん、行きたいところがある」
深い悲しみと懐古、哀愁を湛えた瞳に視線を絡め取られ、クラウドはゆっくりと首を縦に振った。





翌日、朝早くにバレットがセブンスヘブンを訪ねてきた。休業中の看板を一瞥したあと、店内に足を踏み入れる。
「よう!」
「おはよう、バレット」
カウンターのティファが挨拶する。キョロキョロと見回して、「マリンは?」と問う。苦笑いしながら「まだ部屋よ」と返すと、大きく音を立てないように注意しながら階段を上っていった。
「ふぁ…おはよう、ティファ…」
「おはようアイリス」
バレットと入れ違うようにフロアに降りてきたアイリスが欠伸をかみ殺す。眠たげに目をしぱたかせるアイリスに、ティファが笑いかける。
「マリンとデンゼルも連れて行くんでしょう?」
「ああ。…他の奴らは?」
ティファが首を横に振ると、アイリスは近くにあったイスをひいて腰を下ろした。時計を確認すると、約束の時間までまだ一時間は余裕がある。残りのメンバーは、誰から来るのだろうかと考えながら用意された朝食を頬張った。





シドの飛行船に全員が乗り込むと、ゆっくりと浮上した。ガラスから見えるミッドガルがだんだん小さくなっていく。
「アイリス、どこ行くの?」
「んー、いいところ」
マリンやデンゼルの期待に満ちた目に微笑みかける。
ユフィとクラウドが、端の方で具合が悪そうにしている。
「二人ともすまない。私のわがままのせいで…」
シドに到着予定時間を確認してから、クラウドの隣にしゃがみこんだ。ユフィは黙って顔をしかめたが、クラウドは眉を寄せてから首を横に振った。
「アイリスが自分から何かしたいって言うのは、珍しいだろ」
偶にはそれぐらいのワガママはきくさ、と言って、また顔をしかめる。アイリスはその言葉に微笑んで、ユフィの背中を軽くさすってから、またクラウドの隣に戻ってきた。
「もう、大丈夫」
「……ああ」
クラウドに、そして自分自身に言い聞かせるように、アイリスは真っ直ぐな視線で言った。その言葉の意味を汲み取って、クラウドは頷き、アイリスの手をそっと握った。





結局造られることはなかった、ミッドガルの端で途切れた道路。
地形が変わってしまい、山沿いを通って洞窟に入れなくなった沼地。
華々しさが建物にだけ残った、ゴールドソーサー。
数年前の旅の軌跡を、ゆっくりとなぞる。懐かしい心で荒廃した土地を見て、新たな場所として受け入れ、先へ進んでいく。
夜が近付くと、ナナキ――レッド]Vの故郷である、コスモキャニオンの近くに降り立った。その渓谷も地形が変わっていたが、ナナキの父の勇敢な像は変わらずに残っていた。
真っ赤な空を侵食するような夜が訪れ、美しい星の姿を見せる。
「すげえ!」
「きれい…!」
初めて訪れた、マリンやデンゼルも感嘆し、ナナキたちに受け入れられていた。
「やっぱり、きれいだな」
「ああ」
相変わらず口下手だな、とアイリスがクラウドを笑う。一瞬、むっとした表情を浮かべるものの、すぐに顔を上げてアイリスの手を握る。
「アイリス、流れ星だ」
ふと顔を上げると、そこに星の軌跡はすでになくなっていた。いつか見た流星群のことを思い出す。
アイリスは何も言わずにクラウドにもたれかかると、そっと目を閉じた。





渓谷を抜けると、飛行船からチョコボに乗り換えて山を越えた。深い山の奥にある、湖と、滝の中に隠れている洞窟を訪れた。そこには何もなく、ただ、がらんとした空間が広がっているだけだ。
最後まで名残惜しそうにしていたヴィンセントのマントを、マリンが引っ張る。
「どうしたの?」
「……いや」
ヴィンセントは首を振って、ゆっくりと靴音を鳴らしながら歩き出した。

開拓され、小さな集落のようなものができた発掘現場へも足を運んだ。バレットの仕事仲間に会い、マリンは「大きくなったなあ」と言われていた。

ゴンガガにも訪れた。数年前のライフストリームによって家は建て直され、以前来たときよりも貧相になってはいたが、目に見えて地形が変わっていることはなかった。
「……アイリス」
ティファたちを飛行船に残して二人だけでやってきたクラウドとアイリスは村の入り口に佇んでいる。
「行かないのか」
「いいんだ。……もう、ないから」
大切な幼なじみの家があったはずの更地に目を落とし、アイリスは村を一望してから踵を返した。

気持ちを圧してニブルヘイムに行った。
そこには何もなかった。正確には、ここもライフストリームによって壊された村がある。しかしやはり、クラウドやティファの知っているニブルヘイムはどこにもなかった。
新羅屋敷へ入ろうとしたが、中で壊れた梁が支えているらしく、外から様子を窺えるだけだった。ヴィンセントは感慨深げに屋敷を見つめたあと、そっとルクレツィアの名を呟いた。
山の方は地形が変わり、登れなくなっていたので、ひとしきり見終えると、すぐに引き上げた。



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