帰ろう。

「――なんであんたがそっち側にいるんだ」
「それは、あれだろ。私が挑戦者だからじゃないか?」



ずっと探していたアイリスと再会したのは、懐かしの故郷ではなく、俺の流された知らぬ世界の闘技場でだった。
オリンポスコロシアム、というらしい。
英雄ヘラクレスという男が育った場所らしく、元は英雄に憧れる者達が集い競い合うところだったようだ。
英雄、ときくと俺にはただ二人しか思い浮かべられない。その二人が、この闘技場で開かれる数種類の大会を知ったら、総なめにしかねないなと最初は一人思ったものだ。
この世界に来てから、そういう大会もあったおかげで腕は鈍らずにすんだ。大会にハートレスが出ているのは、まあこの際だから目をつぶる。
ともかく、そんなわけで暮らしていて、他の世界から同じ様に流され、友を捜しているという少年にあったりして日々は流れていた。



一体何度目かわからない大会で、意外な人物の顔を見た。
「アイリス……」
「久しぶり、っていうのか?」
さらさらと流れる透明な白髪に手を伸ばしかけて、ぐっと拳を握る。
故郷から流されて、数年ぶりに再会した初恋の人は、俺が知っているよりも大人びて綺麗になっていた。
ほっそりと伸びた白磁の四肢に、微かに色づいた唇。澄んだダークレッドの左目とシルバーの右目。双眸を縁取る睫毛に体躯を包み込む鮮やかな紅色のショートワンピース。
何年経ったのだろうかと思った。
「随分ごちゃごちゃしてるな」
「そう、か?」
色々考えてたんだと返すと、アイリスは俺らしくていいと笑ってくれた。
「…なぜ、ここに?」
本題に戻る。俺は世界を流されてきた。アイリスは流されずにシドたちと一緒にいたはずだから、本来ならこの世界にいるはずはない。
「どうしてだと思う?」
問を問で返され、目を見張って黙り込む。
仮にもいま、俺とアイリスは闘技場で闘う相手だ。暢気に話をしているようなはずじゃないんだろう。ただし、観客は誰一人としていない。いるのは、次の出番を待っているハートレスくらいだ。
「……さあな。勝ってから聞くことにするよ」
「ん、そうか」
バスターソードを構えて会話を断ち切ると、アイリスも刀を抜いた。こうして刃を交えるのも、何年ぶりになるのだろうかと思った。



ふと、俺たちは何時間くらい闘っているのだろうかと思った。別にそんなに長い時間闘っているわけではないだろうが、いつもの闘技時間に比べて長かったからそう感じたのかもしれない。
俺がバスターソードを振ると、アイリスはその隙間を縫うように詰めてくる。かと言って近付きすぎず、ギリギリの間合いを保っている。
動作のいちいちで揺れる髪が気になって、油断すると気が抜けて意識がそちらがわに飛んでしまう。先ほど、穴があくほど見つめた気でいたが、俺はまだまだ見ていたいらしい。あとでじっくり見つめよう、と自分に言い聞かせバスタソードを振り切る。
大剣はどうしても振った後に隙ができやすい。いくら使い慣れてるからとはいえ、さすがに俺でもすぐに態勢を立て直すことはできない。アイリスは、そこを的確に突いてくる。地面にさしたバスターソードを軸に回避する。すぐにアイリスの刀が追ってくる。
「なあ、クラウドっ」
突然、アイリスが口を開いた。思わず刀を取り落としそうになる。
「な、んだ?」
「もし、私が」
カキィン、と甲高い金属音が空に響いた。耳鳴りのように音があとをひく。
「もし私が勝ったら、一緒に帰ろう」
昔は苦手で、そのせいでいつも俺に負けていた右からの横薙によろける。ああ、強くなったのは、変わったのは俺だけじゃないんだと頭の隅で考える。ふと、そんな思考の中気付いてしまった。

―――結局俺は、アイリスのことしか考えていないんじゃないか。

口元に薄く笑みを浮かべると、特別気合いを入れて技を発動させる。そろそろ決着をつけなければならない。心地よい闘いだったが、これで決めることにする。やるからには全力だが、やる前から結果は見えているような気がした。
振り下ろすと、一際大きな音がする。
遠くに弾き飛ばされた刀が地面に転がった。
「勝ちだな」
私の。
アイリスはそう言いながら、綺麗に微笑んで刀をしまった。
「……ふっ」
何が可笑しいというわけでもないのに、口をついて転がり落ちたのは笑みだった。自嘲なのか、嬉しいからか、どちらかはっきりしないのだが。
「さあ、約束だ。一緒に帰るぞ、クラウド」
目の前のアイリスが俺に向かって真っ直ぐに手を伸ばす。闇の中にいる俺に伸ばされた蜘蛛の糸のようだ。
緩慢な動作でバスターソードを拾い上げ背中に差すと、躊躇いがちにアイリスの手に触れた。白くて、滑らかで、温かい。俺が触れた瞬間、アイリスが力強く手を握った。思わず反射的にたじろぎそうになるくらいに、強く。
「これでもうどこにも行かないだろ?」
「……そうだな」
泣きそうな顔をしていた。たぶん、俺以外の誰かが見てもわからないだろうくらい切なげに笑っていた。
「…ひとつ、聞いてもいいか?」
「内容による」
「アイリスは、ずっと、俺のことを探してたのか?」
丸い瞳を見据えて、真っ直ぐに問いかける。
「方法はわからないが、それでも移動はできるんだろ?」
もし、数年前、世界が壊れて離れ離れになったときからアイリスが俺を探し続けていたならば。そのために傷つくことがあったならば。
「当たり前だ、ばか」
どうして俺はすべてを諦めたつもりでいて、アイリスを探そうともしなかったのだろうか。自分の故郷を探そうとも思わなかったのだろうか。
「…リセットしよう、かな」
「ん?」
小さく呟くと、アイリスが何かと首を傾げた。そういえば、闘いが終わったらじっと見つめると決めていたんだったか。
「何でもない。気にするな」
「は? 気にな…ちょっ、クラウド!」
ずっと手をつながれているのも癪だから、少し力をこめてアイリスをこちら側に引っ張り、腕の中にすっぽりと閉じ込める。突然のことに驚いたアイリスは、顔を赤くして困ったような顔をしていた。
「帰ろうか、――」
その後に続くべき故郷の名は、今はない。
「……ああ」
さて、帰ったらアイツらに会うことになるのだろうかと懐かしい面子を想像して、一人微笑みがこぼれた。



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