8月11日・後

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フェンリルを走らせること数十分。俺のフェンリルはスピードもあるし、刀をしまうために収納もいい。二人乗りできるからアイリスを誘ったのだが、やんわりと断られた。自分で走りたいから、と。アイリスのバイクには特に名前は付いていない。俺のよりも収納性に優れている、荷物運びにうってつけのバイクだ。一人乗りだが、スピードもそれなりに出るので、二人で走る時も大して時間はかからない。だから、これだけの時間で目的地に到着した。モンスターが多少出たが、大した量ではなく、一瞬で片付いた。


「はあ……やっぱり、ここは落ち着くな」


アイリスが、地に刺してあるバスターソードの側にバイクを止め、そのバイクに寄りかかった。俺はアイリスと向かい合うようにしてバイクを止め、バイクから降りてバスターソードに歩み寄る。……ザックス、見てるか? 俺は、あんたも、あんたの大切な人も守れなかった。だけど、決めたんだ。アイリスは、俺が守るよ。ここにきて、決めた。もう迷わない。あんたが守ってくれた、繋いでくれたこの命。俺は、死なない。死ねない。アイリスも、絶対に死なせない。ザックスとエアリス。二人の大切な人は、俺の大切な人だ。アイリスがなんと言おうとも、俺は俺の言うべきことを言う。するべきことをする。ザックス…あんたはかっこよかった。ソルジャーになれなかった俺に話しかけてくれた。本当に、俺はあんたに憧れてたんだ。エアリスも、優しかった。エアリスは…わかってた、のかな。二人とも、見ているのだろうか。こんな俺でも、背中を押してくれるだろうか? …まだ、迷っている自分がいる。


(振り切れ。もう、決めたんだろ?)


そうだ、決めた。


(それじゃあ、ちゃんと伝えなきゃ。ね?)


そうだ、伝えなくては。


「アイリス、」
「クラウド、」


アイリスと声が重なって、お互いを見やる。アイリスは照れたようにちょっと笑うと、俺に先を促した。言わなければならない、けれど、今はアイリスの声を聞きたい。少しだけ、決断は先延ばしだ。ザックス、エアリス、悪いな。


「アイリスからで、いい」

「いいのか? ……クラウド、今日、何月何日だ?」

「今日…? 8月、11日だろ?」


急に、どうかしたのだろうか。アイリスの誕生日でもないし、かといって他の誰かの誕生日でもないはずだし、ザックスやエアリスの誕生日でも記念日でもない。きっと、ここに来たことと今日は関係しているのだろうが、俺にはさっぱりわからない。見当もつかない。アイリスは俺の言葉が続くのを待っているようだが、手をあげて降参の合図をする。


「…わからないのか、今日が何の日か?」

「すまない。さっぱりだ」


アイリスが、呆れた表情をする。ここまで心の底から呆れられたのは久しぶりだ。少しむっとして、眉を寄せる。あげていた手をおろして、バスターソードを背にしてアイリスに向き合う。俺の顔を見て、アイリスがくすくすと笑いだす。ますます不機嫌になり、俺はアイリスに歩み寄る。


「何の日なんだ?」

「あ…本当にわからないのか?」

「わからないから聞いているんだが?」

「それもそうか…」


アイリスがふわりと笑う。その瞬間、心の中のもやもやが消し飛ぶ。疑問は残っているが、アイリスのこんな顔を見られるのならわからなくたっていい。そう思ってしまう俺は、重症なんだろう。それでも、アイリスが好きなんだ。



「クラウド、誕生日、おめでとう」



「え…?」


誕生日。
アイリスは今、俺の、誕生日だと言った。確かに、そう言われればそうだったかもしれない。自分の年齢なんかは覚えているのに、自分の誕生日を忘れるなんて…とはいえ、アイリスもよく忘れるので、俺が笑われるようなことではないと思うのだが……結局、アイリスにならそう思われても構わないと思ってしまう。ザックスがエアリスに惚れていたのと同じように、俺も、心からアイリスに惚れているんだ。


「やっぱり忘れてたのか…」

「アイリスだって、自分の誕生日を忘れるだろう」

「私は、今日が何日かわかれば思いだす」

「たいして変わらないだろう」

「いや、意外と違うもんだぞ?」

「そうか?」

「そうだよ」


思わず歩みを止めていた俺に、アイリスが近づいてくる。きらきらと光る髪が綺麗だ。……光っている? 思わずアイリスから視線をはがし、空を仰ぐ。ミッドガルを、世界を覆っていた厚く暗い雲の隙間から幾条もの光がさしている。あたりを見回せば、ミッドガルにも光がさし、バスターソードにも光が当たって反射している。改めてアイリスを見れば、やはり白髪は輝いている。アイリスから見て、俺の髪も同じようなものだろう。久しぶりに、青空が見られそうだ。俺の心も、また。アイリスが俺の前に立つ。やはり、小さくて、とても愛おしい。アイリスが俺を見上げると、綺麗な白髪がさらりと流れ、ふたつの瞳で真っ直ぐに見つめられる。


「なにも用意できなかったけど、ザックスと、エアリスにも伝えたくて」


アイリスはそう言ってはにかむと、俺の横を通り過ぎてバスターソードに花を供えた。…エアリスの、教会に咲いている花だ。エアリスがいなくなってからは、アイリスが世話をしていた、名前も知らない黄色い花。バスターソードにも、花にも、太陽の光があたり、そこだけスポットライトに照らされているかのようだ。やっぱり、俺もアイリスも考えることは同じらしい。ただ、俺は勇気をもらいにきた。伝えたくもあったが、二人から、勇気をもらいたかった。そしてその勇気はもらった。まだバスターソードの前にしゃがんで手を合わせているアイリスに近づくと、アイリスは俺が落とした影に気がついて、顔をあげてから立ち上がる。ふわり、と優しい風が吹いた。その向こう。バスターソードの側に、ザックスが立っていて、寄り添うようにエアリスが立っていた――ように、見えた。幻覚は一瞬でかき消えたが、それは俺に大きな勇気をくれた。

ありがとう、ザックス。エアリス。

流れる髪を気にしているアイリスをそっと抱きあげる。細い腰を両手で支えながら、子供あやすように高く抱き上げる。軽い。アイリスは、一瞬驚いたが、すぐにバランスを保つため俺の肩に手をのせる。その手も小さくて、可愛らしい。真っ直ぐにアイリスを見つめると、頬を紅潮させながらもしっかりと見つめ返してくれる。ふっ、と頬を緩ませて言う。



「結婚してくれないか、アイリス?」



見る間にアイリスの顔に朱がさしていく。恥ずかしそうに俯く姿もまた愛らしい。俺の肩を握る力が少し強くなる。ザックスもエアリスも、昔はアイリスを独り占めしていたのかと思うと、羨ましかった。アイリス、とあえて名前を呼べば、アイリスはちょっとだけ肩を揺らして、顔をあげる。雲が切れたのか、一面、明るくなっている。


「アイリス」

「……………ん、」


アイリスは抱きあげられたまま、俺の首に腕をまわして抱きついてきた。普段、アイリスから抱きついてくることなどないので、驚きながらも嬉しくて、そのまま抱きしめる。アイリスの長い髪がくすぐったい。照れたように、けれど嬉しそうにアイリスが囁いた。


「断ると思うか?」

「まさか」


自意識過剰だって構わない。アイリスがいてくれるなら、それでいい。
ぎゅっと抱きしめると、再び、風が吹いた。エアリスの花が風に舞う。見てるか? ザックス、エアリス。俺は、ちゃんと伝えられた。あんたたちのおかげだ。本当に、ありがとう。……ああ、そうだ。


「アイリス、結婚式は、エアリスの教会で挙げよう」

「私も、そう考えていた」


アイリスに伝えれば、すぐにそう返ってきた。本当に、考えることが同じだな。そう思って微笑む。





(今日は俺の日?)(まさか、今日は二人の記念日)





(ティファ達に伝えるのが楽しみだな)(なんて伝えようか?)
(驚く、だろうな)(それはそうだろう)
(そういえば、今日に限って仕事がなくてラッキーだったな)(ああ…私が調節しておいたからな)
(本当か?)(嘘言ってどうするんだ)
(それもそうか…)(クラウドだったら、気がつかないだろうと思って)
(…アイリスも、きっと気がつかないだろうな)(さあ?)
(…ところで、子供の名前は、どうする?)(気が早いな)
(そうか?)(ああ。でも…男の子と、女の子が欲しいかな)
(二人か?)(そう、二人)
(名前、もらうか?)(ん? ああ…それはいいな)

(ザックスと、)(エアリス)






受け継がれる想い。



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