身長差

ホロウバスティオン……――否、いまはレイディアントガーデンというべきだろう。
虚ろなハートレスやノーバディの巣窟から、多少とはいえ活気ある世界へと変貌を遂げている真っ最中のそこは、本来あるべき姿を取り戻しつつある。
小さいながら、立派な街の一角で談笑している男女が数名。どうやら、この世界の再建、あるいは復興を目指す人々で、今は少し、休憩中のようだ。
「アイリスとクラウドって…」
人差し指を頬に軽くそえ、小首を傾げたエアリスが、甘い茶色の髪をリボンとともに揺らしながらアイリスとクラウドを見て呟く。
「なに?」「なんだ?」
二人はほぼ同時にエアリスに問うた。
「並ぶと、結構な身長差、よね」
最後のよね、はクラウドとアイリス以外の者への同意を呼びかける言葉だったのだろう、各々休んでいたメンバーを振り返った。
アイリスががっくりと膝をつく。うなだれたおかげで、静かに輝く白髪がさらりと重力のまま肩から滑り落ちた。
「あれ。どうかした、アイリス?」
傷ついてがっくりとしているアイリスに声をかけたのはユフィだった。
アイリスはどんよりとした顔を上げ、長い髪を鬱陶しそうにかきあげてその眉を寄せながら言う。
「いや……人が気にしていることを…、と思っただけだ」
それはそれは、傷ついたような顔で自嘲的な笑みを浮かべながら吐き捨てた。
「ご、ごめんね? アイリス……」
「いや…まぁ…」
エアリスの謝罪に、アイリスは曖昧ながら受け入れる。
しかし、それまでいつものように傍観していたレオンがすっとアイリスたちに歩み寄ってきた。会話に参加するかと思えば、いきなり爆弾を投下する。
「まあ、アイリスが小さいのは事実だしな」
事実ではあるが、言ってはいけないこと。案の定、アイリスはこめかみあたりに青筋を浮き上がらせる直前で、レオンをしっかりと睨みつけている。
ところが、「じゃあ二人、ちょっと並んでみてよ!」と、面白そうに邪気なく言うユフィに抵抗できず、絶句したまま、アイリスはここぞとばかりに便乗したエアリスにぐいぐいと押されて、クラウドの隣に立たされた。
クラウドは、男子の中では比較的小柄な方だ。自身も気にしてはいるようだが、別段背が低いと言うわけでもない。しかし、そのクラウドとさえ、軽く見ても身長差15センチ弱。明らかにアイリスが小さい……小柄なことは知れるというもの。
そのアイリスは、だから嫌だったのだというふうに、溜め息をついた。
そして、
「……ぷっ」
最初に噴き出したのはシドだった。つられて、ユフィとエアリスが笑い始める。よく見ると、レオンもおかしいのを堪えているようだった。肩を揺らしながら喉をならしている。
「なっ……!」
アイリスはひどく憤慨したが、事実なのだから仕様がない。ある程度の反応は覚悟していたが、こうも笑われればやはり腹が立つ。
アイリスとて好んでこの身長ではないし、何より周囲の人間が高身長すぎるだけだ、と彼女は思っている。
しかし、それはまるで、
「だってこれじゃあ、まるで子供と大人だぜ?」
「なっ…! これでもクラウドとはひとつしか違わないんだぞ!?」
「でも、ユフィより低いな」
アイリスの抗議虚しく、レオンがばっさりと斬って捨てた。事実だから、ぐうの音も出ない。アイリスはレオンを睨む。
「クラウドが175だとすると、アイリスは大体160…ああ、踵があったな。じゃあ、155くらいか」
アイリスの視線を気にしていないレオンが目検討で身長を予想するが、息をのんだアイリスの反応からして大体あっているらしい。
「ああ、もう!」
身長差は確かに大人と子供なのだが、大人びたアイリスの外見や、クラウド同様物静かで落ち着いた本人の性格は子供とは程遠い。それでも今のように、ただ不機嫌にレオンやエアリスたちを睨む姿は普段とは違って幼く見える。
「クラウド、何か言ってやってくれ!」
アイリスが先から何も喋っていないクラウドの腕を引く。
いい加減アイリス救出にのりだしたクラウドは、そろそろ涙目になりそうなアイリスの頭に手をのせ、髪に少しだけ指を通しながら、視線を落として言った。
……が、
「こっちの方が、抱えやすいから良いんだ」
ぬけぬけと惚気た。クラウドの欠点の一つである。聞いているほうはたまったものではないとか。
「抱え…?」
ユフィはよく理解できていないようだったが、他のものは理解した。とくに、アイリス。本人だから、もちろん心当たりはあるのだろう。真っ赤になって、クラウドの手を振り払う。
「く、クラウド!」
「なら、抱き締めやすいでいいか?」
「いい訳あるか!」
人の名前を呼ぶみたいに軽々と、そしてちっとも照れていないクラウドを、アイリスはちょっとだけ睨む。頬を染めて言われてもな、とクラウドは受け流す。
「よくそんなことが真顔で言えるな」
あきれ気味にレオンが言った。
「茶飯事だ」
クラウド曰く、茶飯事らしい。
「ああ、もう!」
アイリスはどうすればいいのかますますわからなくなり、このまま走り出してしまいたい気持ちに駆られた。頼みの綱だと思っていたクラウドでさえこれなのだ、そう考えても仕方がない。
ちゃっかりというか、しっかり惚気るクラウドに一同は唖然としていたが、さすがバカップル、とむしろ感心を抱いた。
クラウドが興味を示し、大事に思う人など、そうそういないのだから良い傾向ではある。クラウドが意外なまでにアイリスを大切にしていることは誰も知っている。
とは言え、惚気るクラウドの相手は面倒だから、と流されている面もあるのだが。
「でもまあ……」
そのクラウドは、ちらりとアイリスのほうを見て、実に小さな声で呟いた。
「小さいのは、事実といえば事実だな」



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