8月11日・前
今日の仕事が終わった。
もう、運び屋を始めて3年目になる。
一年前、三年前に倒したはずのセフィロスの思念体・カダージュ一派が現れ、騒動に巻き込まれた。その時俺は星痕にかかっていて、アイリスやティファとは距離を置いていた。だけどエアリスが俺の、俺達の星痕を治してくれた。それからはまたアイリスたちと暮らすようになったし、人々にも活気が見え始め、仕事も波に乗ってきた。アイリスも仕事を手伝ってくれる。本人は手伝っているのではなく、働いているそうだが、ストライフ・デリバリーサービスといっているのだから俺の個人業だ。依頼主は様々だ。ミッドガルから息子や娘、母に届けて欲しいもの。遠く離れた恋人へ宛てた手紙。神羅からも依頼がある。期日を聞いて、それに合わせて届け先を回る。一年前の出来事からモンスターも減った。その点では走りやすいのだが、最近、雨が続いている。例年なら気持ちも晴らす快晴の日が続くのに、朝からずっと降っていて、家に籠るしかない人々の気分は鬱々としていて、玄関先で邪険にあしらわれることも多い。俺は構わないが、アイリスはザックスやエアリスと一緒にいた時期が長かったからだろうか、人々の助けになりたいと切に願っている。俺もそう思っていないわけではないが、アイリスほどじゃない。アイリスは、優しい。ザックスも、エアリスもそうだった。みんな、俺に…俺だけじゃない、誰に対しても優しすぎる。だから俺は、時々不安になる。
「クラウド、」
アイリスに話しかけられて、ふっ、とアイリスを見る。今まさにアイリスのことを考えていたなんて、本人には言えない。
アイリスは小柄だ。年下のユフィよりも小さい。それに、軽い。アイリスの髪はさらさらと指通りのいい綺麗な白髪だ。少し銀色がかっているが、セフィロスのような銀髪ではない。アイリスは自分の髪が好きではないというが、俺はアイリスの髪が好きだ。月の光や陽の光に照らされて不思議に輝いて綺麗だと思う。俺はアイリスの過去をあまり知らない。聞いたことがないからだ。だけど、アイリスは神羅にいた時期もあるらしく、一度魔洸を浴びたことがあるらしい。だが、アイリスの瞳は魔洸の蒼ではなく、紅色と、薄いグレーだ。レノが以前、アイリスの瞳は元ソルジャーなのに蒼くないところが好きだと言っていた。タークスのレノが言うのだから、やはりアイリスはソルジャーだったことがあるのだろう。しかし、それを俺から聞くことはしない。いつか、話してくれるまで待つつもりでいる。
「クラウド、大丈夫か?」
「ああ。少し、考え事をしていた」
「考え事? クラウド、あまり悩むなよ? クラウドは一人でなんでも抱えすぎだからな」
アイリスがそれを言うか、と思いながらも俺は頬を緩ませる。
「ああ。大丈夫だ、悩み事じゃないからな」
「そうか?」
「ああ。それより、今日はもう帰ろう」
「それもそうだな……明日は?」
アイリスに明日の仕事の予定を尋ねられ、俺は携帯を取り出してチェックする。………おかしい。明日、仕事の予定はひとつも入っていない。他の日も確かめるが、他の日には予定が入っている。別段、携帯が壊れたわけでもなさそうだ。
「ない」
「…ない? ひとつも?」
「ああ。ひとつもない。他の日のを切り上げるか?」
「いや、どうせなら明日は休みにしよう。ユフィに札、貰っただろう?」
「ああ…だが、」
「クラウド、」
自身のバイクに寄りかかって、アイリスがため息をつきながら俺の名を呼ぶ。
「たまの休みくらい、いいだろう?」
身長差からどうしてもそうなってしまうのだが、アイリスに上目遣いで言われると断れない。長い白髪がさらりと流れ、綺麗なオッドアイで真っ直ぐに見つめられて、思わず視線を逸らす。アイリスは普段おとなしいが、たまに、破壊的な可愛さを見せられて男として鼓動が高鳴る。他の男には決して見せなくない。だけど恋愛に疎いアイリスはどんな人物の前でもぽろり、と愛しく思ってしまうような動作をする。これでも公認の恋人であるのだから、多少は自覚を持ってほしいと思う。とはいえ、結局俺はアイリスの言うことには頷くことになる。
+ + +
朝起きて下に降りると、アイリスとティファが、朝食を摂っていた。今日は休みだからと寝坊したわけではないのだが、アイリスはともかく、ティファも起きていて驚いた。部屋をのぞいた時、マリンとデンゼルはまだ部屋で眠っていたから、てっきりティファもまだ眠っているだろうと思っていた。
「おはよう、クラウド」
「おはよう。眠れたか?」
「ああ。おはよう。二人とも、今朝は早いんだな」
「私はいつも通りだが?」
「わたしは目が覚めちゃって」
「そうか…」
俺はアイリスとティファの座っている席の近くの椅子をひいて、それに座った。ティファがすかさずコーヒーを出してくれるから、礼を述べる。アイリスとティファは紅茶のようで、薄茶色の液体からいい香りが漂う。ティファのお茶受け皿にはレモンが置いてあるが、アイリスのには何もないからストレートで飲んでいるのだろう。そういえば、アイリスがコーヒーを飲んでいるところを見たことがない。だけど、どちらかといえばアイリスには紅茶の方が似合う。……結局、俺は四六時中アイリスのことを考えている。それだけアイリスのことが好きなんだと自分でも思う。
結婚。
も、考えていないわけではない。むしろ、俺としてはアイリスと結婚したい。だけど、三年前の大きな戦いが終わってからは慌ただしいことを理由に、一年前は星痕にかかっていたことを理由に、一度もアイリスにそういった話をしたことはない。俺たちの間でそういった話が出たこともない。だからアイリスがどう思っているのかもわからない。俺は自分で自分が臆病者だとわかっているが、このままではまた大切なものを失ってしまうのではないかとも思っている。ティファなんかはその辺りを薄々勘づいていそうだ。暗に早くプロポーズをしろと言われているような気がする。
「――で、クラウド、きいてたか?」
「え? ああ、すまない。聞いていなかった…なんだ?」
アイリスがため息をつく。考え事をしていたとはいえ、話を聞いていなかった俺は悪かっただろう。アイリスは呆れたような表情をするが、本心からそう思っていないだろうことはわかる。
「だから、でかけないか?」
「でかける…? どこへ?」
「んー…どこか?」
「いいじゃない。クラウド、たまには二人でふら〜っとしてきなよ」
ティファに二人で、のところを強調された。やっぱり、周囲を待たせているようだ。だけど俺にはまだアイリスを幸せにしてやれる自信がない。まだ、というか、いつかそんな日が来るのかさえもわからない。一年前に吹っ切れた。ザックスとエアリスのことに関しては、だが。アイリスのことが本当に好きだけど、復興しつつあるといっても罪悪感……否、ただの臆病虫かもしれない。それが、消えない。俺の中から、消えない。決して消えることはないとわかっていても、消えてくれと願ってしまう。どうしたら、この気持ちに踏ん切りがつくのだろうか。
「クラウド、また考えてるな?」
「……………」
「考えるのもいいが、憂さ晴らしも大事だ。……そうだ、ザックスのところへ行こう?」
「ザックスの…?」
ザックスのところといえば、ミッドガルを目前にした荒地。そこに、ザックスから受け継いだ形見、バスターソードがある。あの時、俺が自分で歩けたなら、ザックスはまだ生きていて、笑っていたのだろうか。あの時、俺が自分で戦えたなら、ザックスは俺にバスターソードとエアリスを託してこの世界を去ることもなかったのだろうか。いつも、自問してしまう。結局、答えは出ない。こういうとき、俺やアイリスはザックスのところか、もしくはエアリスのところへ行く。エアリスのところ、といえば、忘らるる都だ。本当に、忘れることのない場所。俺たちは決してあの場所を、彼女を忘れないだろう。エアリスだって、ザックスに頼まれたのに守ることができなかった。そう言えば、きっと彼女も彼も気にするな、と言うのだろう。それが重荷になっていた時期もあったが、今はそんなことはない。単純に、彼らの想いを繋いでいくだけだ。
「そうだな…行こう」
「それじゃあ、さっそく行こう。今日も雨が降りそうだ。せっかく降っていないんだから、早く行こう?」
「ああ」
「気をつけてね、二人とも」
「わかってる」
「ああ」
ティファが意味ありげに笑いかける。俺だけではなく、アイリスにも。……そういえば、俺が降りてくるまで何か話していたようだが、何を話していたのだろうか? アイリスは自分からは言わないけど、きっと聞けば教えてくれるだろう。だが、聞かないでおく。今は、アイリスに伝えなければいけないことがあるからだ。
店を出て空を仰ぐと、曇ってはいたが、雨は降っていなかった。この時期にこの天気だと、じとじとと湿って嫌な気分になる。俺の名前はクラウドで、雲という意味を持つが、髪の色も、瞳の色も名前のそれとは正反対だ。そんなことはどうでもよくて、とにかく俺はアイリスに上手く伝えるための言葉を探していた。普段話さないと、時々こういう事態に陥るから口下手とは困りものだと思う。
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