Before;Advent Children

プルル………



「…出ない、な」






二桁に突入しかけた呼び出し音を断ち切って、ぱちん、と携帯を折り畳みながらアイリスはため息をついた。電源を切っていたり、誰かと電話中ということもなかったから、単に走行中か、さもなくば着信に気付いていないかのどちらかだろう。ちなみに、彼の場合は後者ではないかとアイリスは思っている。
「今日はすぐに済むって言ってたんだがな…」
あてにならない言葉を思い出して、再びため息。
「まあ、気付いたら折り返すだろ」
相変わらず、相手を信じていると言うよりは投げやりな態度で、アイリスは窓の外に目をやった。
天気がいい。クラウドの瞳みたいに、雲のないまっさらな空が、壊れたミッドガルの天井の隙間からのぞいている。
こんな日は、少々面倒な配達の仕事も、なんだか楽しく思える。もともと、アイリスは風を感じることが好きだ。だからこの仕事を手伝っていると言ってもいい。ゆえに、今日のように晴れた日はいつも以上に名もない愛車を走らせたくなるのだ。
それに、こんな日は何かいいことがありそうな気がする。
「まったく…アイツは…」
約束を守ったことがあまりないクラウドの顔を思い出す。まただな、と言ってやれば、きっと彼はまただな、と何事もないように返してくるのだろう。罪悪感はありそうだが、それ以上に仕事の方が大事なのだろうと、容易く想像できて思わず苦笑いを浮かべる。
「まあ、それがアイツのいいところでもあるのだが…」



クラウドに電話をしてから、はや数時間。いまだ、連絡はない。
「遅いな…クラウドの奴、いったいどこまでいったんだ?」
連絡をしたら、数10分以内には返事が来ると自惚れていたが、一向にその気配はない。別にウータイの方まで行った帰りだというなら仕方がないが、それにしてももうミッドガルに入っている時間帯ではないだろうか。第一アイリスは、遠出の必要がある場合事前に伝えてくれるように頼んでいる。
「別にこのあと出掛ける訳でもないんだが…。なんか、寂しいな」
肩を落とすと、アイリスは時間つぶしに出掛けることにした。ティファに出掛けてくる、と声をかけると、セブンスヘブンを出た。

アイリスが出て行ったのと入れ違いで、セブンスヘブンの電話が鳴った。水仕事をしていたティファは、途切れそうもない呼び出し音に耳を澄ませ、階段をあがる。
受話器を手に取る前に着信を見ると、珍しいことにクラウドの名前があった。アイリスには折り返したのかといぶかしみながら受話器を取る。
「…どうしたの、クラウドからかけてくるなんて?」



バイクを走らせる気分ではなくなったので地道に歩く。
すっかり壊れてしまったとはいえ、未だミッドガルの面影が残る。アイリスはその最たるものを…半壊した神羅カンパニーのビルを見上げると、何度目かのため息をついた。
「今度、クラウドを誘ってみようか」
どこにかは、口に出さないけれど。きっとクラウドは、誘えば不思議がりながらも来てくれるのだろうと容易に想像がついた。
空を仰ぐ。仲のいい、兄妹のように可愛がってくれた青年も、よくこうしていたなと思い出す。
「…英雄が旅立った場所、か」
クラウドが一度口をついていたことを思い出す。
「ならあそこは、英雄が誕生した場所になるのかな」
きっとすべてはあの美しい教会から始まったのだろうと、根拠もない、推量とさえ言えもしないことを考える。
「エアリス、貴女は本当にすごい人だ」
そんなことないよ、と言って微笑むエアリスの姿が脳裏に浮かぶ。一人でくすりと笑うと、携帯電話が着信を告げた。クラウドかと思いきや、画面に表示されているのはセブンスヘブンの名前。
「ティファから…?」
怪訝に思いながらも、耳に押し当てた。
「もしもし。どうかしたのか?」
『あ、アイリス? なんかさっき、クラウドから電話があったんだけど…』
「えっ?」
留守電を残したアイリスにではなく、ティファのいるセブンスヘブンにかと思うと、少しショックだった。
「それで…なんて?」
『…それが、クラウドじゃなくって』
「どういうことだ?」
ますます訳が分からない。クラウドからかかってきたのにクラウドじゃない…?
アイリスは混乱して電話を取り落としそうになるのをなんとか理性で保つ。
『だれか、男の子がクラウドの携帯を使ってたみたいで…』
「………どうすればいいんだ、私は?」
『とりあえず、クラウドが戻ってくる、と思う』
最初からそれを言ってくれ、とアイリスは頭を抱える。しかし用件はわかったのですぐに戻ると伝え、通話を終了したあとはすぐに踵を返した。



「ただい――…は?」
歩いてセブンスヘブンまで帰ると、店の外にクラウドの愛車フェンリルがつけられていた。クラウドはもう帰ってきたのかと店の扉をくぐると、小さな男の子を抱きかかえてティファと話しているクラウドがいた。
「おかえり、アイリス」
「いや、おかえりではなくてなんだこれはクラウド説明しろ」
驚愕を通り越して呆れた。
クラウドの説明を要約するとこうだ。
エアリスの教会に行って、出てきたらクラウドの携帯をもった少年が地面に倒れていたのだという。星痕症候群だったようで、どうにかしてやりたいと連れ帰ったらしい。
確かに、よく見ればくしゃりとした前髪に隠れているが額に大分進行してしまった星痕がある。まだ十歳くらいの子供なのにとアイリスは眉を寄せる。
「そうか…。それで、クラウドはどうしたいんだ?」
「俺は……助けてやりたい」
「助ける?」
「無理よ、クラウド! 星痕はまだ治療法が見つかってないしーー」
「なら諦めるのか?」
声を上げたティファを遮るクラウド。視線は少年に注がれている。
「諦めてこの子を見殺しにしろっていうのか?」
数年前にはなかった光がクラウドの瞳に宿っていた。諦めず、精一杯の抵抗をすること。
「いいんじゃないか?」
「アイリス!?」
アイリスは少年の髪をかきあげて微笑む。明るい色の髪をしているのに、こんなに幼いときから随分と重たいものを背負わされている。それを作ってしまったのは、ほかでもないアイリス達だ。
「クラウドが自分からこうしたい、って言ったの、久しぶりだろ?」
なぁ? と同意を求めるように首を傾げると、クラウドはそうかな、と逆に首を傾けた。
「それに、マリンも喜ぶ」
いつも大人ばかりに囲まれていては、年頃の子供としてはつまらないに違いない。
星痕の治療法なんて、これから探していけばいい。もしも見つからなくたって、誰かに看取ってもらえるのは幸せなことだ。帰りたいと思える場所に帰れることは幸せだ。それが果たせずに旅立った英雄もいる。
「…幸せに、してやりたいじゃないか」
「アイリス…」
「さ、上のベッドで寝かせてやろう? …ほら。行くぞ、クラウド」
誰を思い出していた、なんてクラウドに聞けるはずもなく、クラウドはアイリスに導かれるまま階段を上がっていく。

そういえば、さっき電話に出なかったことを問いただそうとアイリスはクラウドを振り返るが、すぐにやめて、不審気なクラウドに曖昧に笑ってみせる。
クラウドのまなじりが赤かったのは、きっと気のせいじゃない。



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