▼甘 美 が 孕 む は 苦 悶 か 辛 辣 か

僕、善法寺伊作が名字名前に懐いた理由の一つは彼女と話すと癒されたからだ。僕は天女という存在をそこまで嫌だと思っていなかった。逆にみんなは恋をしたらこうなんだという事を知れて楽しんでた面もあったからだろう。保健委員としての心療の値になるなあてくらいだ。まあ、みんなが喧嘩して怪我するのは嫌だったけどね。そんな自分と彼女は少し似ているなあて思った。冷ややかな所もあるが彼女はそれを基本口に出すことはない。出会った当初から彼女は下級生を怯えさせまいと笑っていた。今でも僕たちが隠そうとしている世の中の惨忍さを彼女も見せないようにしてくれている。どんなに酷いことを言われてきっと内心はぐちゃぐちゃで淀んでいても表には出さず吐き出すタイミングをわかっている。土井先生も文次郎も喜八郎も彼女の事を知って接する態度を変えたのだろう。名前は最初から僕たちに嘘などついていなかったのにね。可哀想な名前もともと曲がった事が嫌いなんだろう口から出ることは僕たちひとりひとりを考え思い、知ろうとしてくれていた事なのに信じず、疑い、彼女から話す言葉を奪っていった挙句には否定すらも聞かずに阿婆擦れ天女扱い。口数が減った彼女に暴力を振るうものは増え僕が見かけるたびに治療すれば必ず新しい傷があった。くのたま六年生の子が薪割りをしていた名前に罵倒をあびせる六年と五年に「お風呂で一緒になった時にね、名前さんの体を見ましたの。あなた達に言っても何も変わらないでしょうけどとても不快だったわ。騙す方にも問題はあるけれど騙された方に非がないとでもお思いになって?私はくのたまであり、忍術は女であることを武器にしている。現れた天女達はあなた達に愛されたいと望んでいたかもしれないけれど名前さんは一度だってそんなこと願った?あなた達に好きでもない男に触れられる私達の気持ちがわかるの?彼女を侮辱することは私達にも繋がるということを忘れないでちょうだい」そんな事をまるで水仙のような純粋で美しい彼女に言わせたのだ彼等は返す言葉も見当たらず罰が悪そうに散っていった。僕はその現場を物陰から隠れて聞いていたんだけど名前の緊張のほぐれた安心した顔を初めて見た気がした。ああ、彼女はそんな感情のこもった顔をするのか泣くときは一体何を思い涙を流すんだろうかとても興味がわいた。


「勘右衛門は律儀だねぇ」

「伊作先輩も爽やかそうに見えて嫌味な人ですね」

「そうだよ。僕は良い人ではないからね。名前なら自分の部屋に戻ると駄々をこねるから睡眠薬で寝かしつけちゃった。しばらく起きないかな」


バレーボールの試合で名前に怪我を負わせた勘右衛門はこの四日間必ず見舞いに来る。あんなに天女を嫌っていた勘右衛門だがどうやら一晩同室にしてなにか変化があったみたいでよかった。最初は不安だったけどね。何せ名前を犯そうとした挙句、頭を怪我させたことを仙蔵から聞いていたから心配すぎてその日は骨格標本のコーちゃんにずっと話しかけて留三郎に怒られちゃったよ。夜が明けですぐに様子を見に行けばもう僕の心配が無駄だったみたいで布団の仕切りをどけて仲良く喋って寝落ちした状態だった。今度、僕も名前と寝よう。


「少しお伺いしてもいいですか?」

「うん、いいよ。なんだい?」

「伊作先輩は名前さんにいつから嫌悪を抱かなくなったんですか?」

「ああ、そのことか。僕自身前から天女だどーとか気にしていなかったからね。最初はまた来たなあ、めんどくさいなあぐらいで彼女の治療をしていくうちに我慢強くて優しい人だなって思ったんだ。仙蔵はどうだか知らないけど僕は彼女をからかうのが楽しくてねよく手当しにいったんだ。おもしろかったなあ」

「確かに名前さんはおもしろい人ですね」

「あと本当に嬉しかったのはね名前が風邪を引いたのか落ち込んでいたのか本当のことはきかなかったんだけどね疲れているようだった時に診察しようとしたんだそしたら僕が(小松田さんも)心配してくれたから元気になったて言ってくれたんだよ。きっと名前はその場を流そうとした言葉なのかもしれないけど僕にとったら最上級の褒め言葉だった。前の天女様には僕と一緒にいると不運になるだとか顔だけ男とか言われてたからねその傷が癒えた気がしたよ」

「ははっ。俺も先輩と一緒です天女でついた傷が名前さんに塞がれました。三郎やハチにも心配かけて庄左衛門や彦四郎も怯えさせてしまったけど名前さん保健室にいながらもあいつらが見舞いに来た時俺のこと弁解してくれてたみたいなんです。謝んなきゃいけないのは俺なのにあいつらに謝られちゃってほんとできた人ですよね」


あんなに自分を憎んでいた人をこんな風に丸めこんで昔の勘右衛門に戻しちゃうなんて名前はすごいなあ。でもね勘右衛門、彼女は自分の見舞いにくる彼らにたった一言「怪我をしたその晩寝ずに尾浜君が看病してくれた」と言っただけだよ。別に君を庇う言葉も慰めも言っていない一晩看病したという言葉に信憑性を持たせたのは君だ。君が今までしてきた事が彼らの信じる糧になったんだよ。まあ、僕は優しくないから教えてはあげないけどね。


「少し心配になったのは名前さんの泣くところを俺見たことないんです。あまり口に出して言えることではないですが結構酷いことしたし言ったと思うんです。それでも生理的涙すらだすこともなくて名前さんだいじょうぶでしょうか?」

「僕も名前の泣くところは見たことないなあ。きっと大切な人達とも離れてこっちにきて色んなことが一気に起きたから泣くタイミングも場所もなかったんだろうね。前の天女様達はそりゃもううざいくらいに泣いていたけど誰かが肩を支えてあげていただろう最後は一人で泣き喚いていたけど」

「名前さんにとって涙は弱味を見せることと同じなんですかね」

「そうなんだろうね。この先も彼女は自分に敵対しうるものがいる限り人前で泣いたりはしないかもしれない」


それか彼女は泣き方を忘れてしまったのかもしれない。あまりに辛くてあまりに苦しいと人は泣くことさえ忘れてしまうのだから。きっと彼女は今、死ぬことになっても涙を流すことはしないだろう。少し世間話をして名前が起きない様子を見ると勘右衛門は兵助と修行があるのでと帰っていった。
名前と二人きりになったので頭のそばに寄って寝顔を見つめる。寝ている時だというのに彼女は気の許さない張り詰めた顔をしていて少し胸がしめつけられた。
ねえ、名前。僕は君なら命を懸けて守れるよ。これは決して天女だからとかではなくて善法寺伊作として一人の人間を見てくれた君だからなんだよ。体についた傷だって跡形もなく治して見せるさ誰に無理って言われたって保健委員として君に惚れた男としてやってみせるね。だからいつか僕に君の本音をぶつけてくれないか?本音でなくたっていい君が抱えているものが背負いきれなくなって押しつぶされそうなときは僕の手を引いて僕の名を呼んでおくれよ。


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