▼二 度 と 震 え る 事 の 無 い 其 の 睫 毛

私、七松小平太は後悔をした。嫌いだった、死んでしまえと思っていた天女の本性を暴こうと名字名前を襲おうとした時、さらに後悔したのは鉢屋と手を組んで名字を試したこと。最初はほんとにあいつの体をみて驚いた、これじゃあまるでわたし達よりも酷いじゃないかと思うほどだったのだからそれに欲情してしまった自分もいたが細かい事は気にするな!名字は私から逃げようと背を向けていたからあの時どんな表情をしていたかわからないがきっと普段のように作り笑いを浮かべてはいなかっただろう。この女は強い、そう思った。そして、私の中で天女への憎しみを名字にあてつけることはなくなっていた。ただ、無実なのを知りたかっただけなのだ。五年の尾浜勘右衛門からつけられた傷跡の数が異常だった、私はもしかしたらこの女は尾浜に惚れているから傷を受け入れ、私を拒んだんじゃないかと。違うという、確かな言葉が欲しかっただけなのだが私達の作戦は成功であり失敗におわった。名字は誰にも惚れていなかった、そして私の変装をした鉢屋だと気づき、私が監視していることも察しながら騙された振りをしていた。


『何か変わるのであれば言っている』


その言葉は私たちを信じてないという意味だ。私に化けた鉢屋の顔が歪んだのを私は見逃さなかった。おい、そんな顔を私の面でするな力め!そして最後の本性を確かめる質問をした「 名 前 ! こ こ を 出 た い な ら 私 に 言 え ! 連 れ 出 し て や る ! 」この話にのってきたら連れ出してやると見せかけ息の根を止める計画をするつもりだった。私の中でのってくれと願う自分がいた。そしたら私達はもう悩まなくて済む、裏切られる心配もなにもなくなるのにと。名前の顔が凍った。その一瞬まるで時が止まったようだった。鉢屋も何も言えずにいた。名字は俯き鉢屋が握り締めた両手を振り解くと立ち上がりただただお化けのように音を立てず出口へ私達に背を向けた。

返事はなかった。

ない代わりにあいつは心底傷つき泣きそうになりながらも私達に 「 お や す み 鉢 屋 、 七 松 君 も 」と笑って言ったのだ。
裏切ったのは私達だ。名字は心配した様子の私達に気を許そうとしていたのだ。月明かりに照らされながら部屋に戻ろうとする名字の背中は哀愁がただよいほんとうに人間に裏切られ天へ戻るしか道がなかった天女のようだった。

天女の使っていた部屋に取り残された私と鉢屋はただただ背中を見送ることしかできなかった。あの顔が頭に蘇る。そして私たちの心を締め付けた。任務で人を簡単に殺すことのできる私が、たった一人の女のあんな下手くそなほほ笑みに動揺するとはな。


「優しい、酷く」


鉢屋が不和の顔に戻りそう呟いた。そういえば同室もそんなことを呟いていた気がする。あれはきっと、長次なりに私を止めようとしてくれていたのかもしれない。私はいつから周りを、仲間を見ることができなくっていたんだろうな。その後、鉢屋に巻き込んですまなかったな!と誤り私はすぐに長次の元へ向かった。自室に戻れば長次が布団で本を読んでおり「おかえり」と目を細めて言うのだ。流石、長次だ!私が何をしたのか見透かしている!私はただいま!と笑顔で言い長次の傍に胡坐をかいた。


「今日、天女と話した!長次の言っていたことが分かった気がする!名字名前は酷く、優しいのだ!それはもう人間のように!だけど恐ろしくも怖くもない、真っ直ぐで胸にじわじわ入り込んでくるような、気付くには時間がかかってしまう優しさだった!」

「わかった、だから、泣くな」


長次が私の頬に触れて気付いた。私は泣いている。どうして、痛みでも苦しみでも泣かない自分が何故名字のことを語って泣いているのだ。


「ちょ、じ、私は、一体何をしていたんだ、ろうな」

「小平太、私からすればお前も、優しい」

「わたしは、傷つけた、同じ人間である名字名前を傷つけたのだ、まるで、天女が私たちにしたように私は、いつの間にかに憎くて、憎くてしょうがないものになろうとしていたのだ、ちょうじ、わたしは、自分が怖い」


本を枕元に置いて私をよしよしとあやす長次は何も答えてはくれなかった。自分で答えをださねばならないことだからだ。私はいつになったらお前のように、大人になれるのだろうな。


「名字名前は優しい、お前を憎んだりなどしない」


私は大きく首を横に振る、違う、そんなことわかっている。名字は私を責めたりなどしないだろう、ましてや明日になれば平気な顔して私と話すのだ。傷ついた素振りも見せず、笑ってくれるだろう。それが苦しいのだ。いっそのこと殴ってくれればいい、気が済むまで怒ってくれ。だけど此処にいる以上名字はそんなことをしないつまり私は一生彼女に許されることはない。


「ちょうじ、わたしはどうすれば名字名前を救うことができるだろうか?私があいつにつけた傷はどうすれば治る?」

「つけた傷は治らない、例え、傷跡は消えても当人からその傷が消えることがないことは小平太お前にもわかるだろう?」

「じゃ、じゃあ、もう」

「でも、お前の傷は治癒しかけている、それは、何故だ」


無垢なやさしさに触れたからだ、どんなに暴言を吐こうとも許してくれる彼女に甘え、どんなに傷つけようとも次の日には笑ってくれる名字に安心し、遅く帰ればご飯を作ってくれ、忍び服が汚れれば洗ってくれ必ず任務前に「気を付けてね」と任務後に「無事でよかったおかえり」と心配してくれていた事に当たり前としていながらうれしかった。名字からしたら此処で生きる為に必死でこの時代を受け入れようとしていただけなのかもしれないが憎しみを軽減させられていたのか。


「やさしさ、を私は、今までの分名字名前に優しさをやる!」

「ああ」

「長次にも一杯やるぞ!私が優しかったら教えてくれ!」

「私は...充分もらっている」


まずは、明日あやまろう。その前に鉢屋の様子を見てやらねば。巻き込んでしまったからな!あ、尾浜勘右衛門の件もどうするか。優しいとは一体なんなんだろうな!私にはよくわからん!
しかし、あいつは本当に泣かない、前の天女たちは喜怒哀楽を表現しまくっていたというのにあいつだけはまったくあらわさないのだ。いけどんな私にあいつの喜怒哀楽を見極めることができるのか心配だ、そうか、長次に聞けばいいのか!長次はなんでも知っているからな!


「お前はほんとうに、優しいな、酷く」


そうだろう!優しいだろう!酷くとはどういう意味だからわからないがきっとものすごくって意味でとっていいのか?まあ、細かいことは気にするな!だ。今度、時間があるときに聞こう、私はもう寝る!おやすみ、長次!



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