ひと

波風かおるは最初、誰からも愛される女だった。よく笑い、誰かの為に泣き、人が悩めば一緒に考え込むようなお人好しで、それでいてずば抜けて忍術が出来るわけじゃないので皆と苦悩しながら勉学に励むような奴である。その上、木の葉の黄色い閃光と呼ばれ四代目火影を父親に持ち、母さんの友達で凛々しくも優しい母親を持つ彼女を嫌うものはそうそういなかった。そうそうと言うのは男の俺ではよく理解の出来ない女同士のいざこざのことである。俺自身話した事はないが母さんがよくかおるについて聞いてくるので正直に外であった事を話せば母さんは「かおるちゃんはお父さんに似て美人さんの上にお母さん譲りの綺麗な髪を持っているから羨ましがられるんだろうね」とやはり俺には理解出来ない事を言っていた。俺の友達は大体彼女に恋心を抱いているようだった。グループ実習や組手などよく一緒になりたいと呟いているのを耳にする。それに何度か告白現場を目撃していたからモテるのは確かなんだろうな。そう言えば前に女子から「イタチ君もかおるちゃんのこと好き?」と気かれたことがある。正直に「人として好きだ」と答えてから女子達が豹変した気もしなくもないな。深い意味はなかったんだが悪いことをしたかもしれない。それでも俺と彼女が話すことはない。寧ろ彼女自身俺を敵視しているような気がする。もしかしたら一部の女子から疎まれる訳が俺だと気付いたのだろうか...それならそれで言ってきそうだな。火影を父親に持つかおるは時折学校を休み登校してきたかと思うと所々怪我を負ってきた。子供ながらにクラス全体が察した、ああ、誘拐されたんだ、と。それでも彼女は体調が悪かったんだと笑い飛ばす。そして授業中悔しそうに拳を握りしめて術を練習するのだ。彼女は四代目の娘であり人柱力を母に持つ自分の無力さが許せないでいる。誰も彼女の才を咎めたりしていないだけど自分が一番嫌なのだろう。父の様に、母の様に、俺たちはそうは言わないがひしひしと感じていたのだろうか、周りの大人達からの期待の目を。そしてそれを彼女は誰にも打ち明けることなく背負っている。なんだ、俺と同じじゃないか。そしていつの間にか彼女を嫌いな女子はいなくなっていった。

サスケが産まれしばらくしてからのことだった。母さんが友達も赤ちゃんが生まれるからサスケと同期になると喜んでいた。だけどかおるがそれを口に出すことはなくいつも通りの笑みを浮かべていた。火影の子供が産まれるのは他言無用。いつかかおるが満面の笑みで弟か妹ができたと話す姿が見てみたいな。しかしそんな日は来ることはなかった。九尾の封印が何者かによって解かれ里の多くの人が命を落とし封印に勤めたかおるの父親と母親は子供を残して死んだ。母さんは遺影の前で泣き崩れていた。みんながみんな大切な人を失い悲しみに打ちひしがれている中でかおるは赤ん坊をあやしていた。変わらないあの笑みで、それに対して批難する人もいれば称賛する人もいた。あの時誰かが彼女を抱きしめて絶望のどん底から掬い上げていればあの笑みが弟だけに向けられるものにはならなかったんじゃないだろうか。アカデミーに復帰したかおるの成績は急上昇し体術や忍術は俺と同等、共にアカデミーを7歳で卒業するまでに登り上げていた。愛されていた彼女の笑みはなくなった戦争にて上忍に「あの子は虫を殺すように人を殺す」と恐れられる程になっていた。里内で弟が化け物と拒絶されるようになってから彼女の目はさらに冷たくなった。火影様にまで楯突くようになり弟を傷つける奴を彼女は殺すと言い切り、うずまきナルトに対して非道な行いをしたものは処罰の対象とすると早急な対策が成された。任務報告をしにきただけなのに飛んだ修羅場にあたってしまった。俺に見向きもせず横を通り過ぎるかおるの目には弟しか写っていないんだろうな。彼女は涙を流すことができないから悲しみを怒りに変えるしかないんだろう。


その後俺は写輪眼を開眼させたり中忍昇格、そして暗部入りを果たした多忙な生活によりかおるの事を忘れかけていた。カカシさんの下で最初は任務をこなす内に気付いたことがある。最近入ったあの狐の面を被った人を待機所で待っている時などカカシさんは目で追っている気がするのだ。そして先輩の下を離れその人と始めて任務を組んだ日この声は波風かおるだと確信に至った。そしてまさかお互いに弟をアカデミーに迎えに行くことになるとは思いもしなかった。一緒の場所に行くのに別々でいくのはと思い、並んで歩いてみたがこの後どうしたものか。正直アカデミー時代話したことがないのに今更話しかけても向こうからしたら迷惑かもしれない。それに向こうは俺の名前すらしらない可能性だってある...もんもんと悩んでいればアカデミーの校門付近まで来ていて無垢なサスケにより俺の悩みは打ち消された。サスケの愛らしい質問に対してかおるは俺の腕に抱きつき 「そうだよ将来は君のお姉さんになるの。ね、イタチ」と言った。まさか名前を覚えられていると思わなくて少し感動した。それに密着するという事は少なからず嫌われてはいない。なんだか胸のうちにある蟠りが何年越しかに取れた気がした。それからツーマンセルをよく組むようになり会話をするようになった。弟の話をすればかおるもそれに応えるようにナルトの話をする。弟の話をしている時かおるは頬を緩ませ微笑んでいることに本人は気づいていないらしい。サスケはいつの間にかかおるに懐いており俺が修行に付き合ってやれない時はかおるを誘うようになった。かおるも忙しい筈なのにどうやらナルトを気にかけていたサスケに心を絆されたらしく任務を早く終わらせたり仮眠時間を削って空いた時間に修行に付き合ってやったりと根本的に優しいところは変わっていないらしい。サスケにだけだとナルトに悪いからと2人の修行に付き合う程暇ではないだろうに、体調を気に掛ければ普通の人より私はタフだから大丈夫だと返された。お前のその自信は一体どこから出て来るんだ。実際にかおるが体調を崩すことは一度もなかった。


「兄さん!兄さんはかおるのこと好き?」

「どうしたサスケ」

「今日アカデミーでクラスの女子に告白されたんだ。その子のこと嫌いじゃないけどかおるより好きじゃないと思って断ったんだ。」

「...それは少し妬けるな。」

「え!それってかおるにヤキモチやいてるの!」

「違う、お前にだ。なんだか段々俺よりかおるのがサスケに好かれている気がしてな...」

「なーんだ!兄さんのが好きだよ!だってオレの兄さんだもん!」


一族内で俺が監視されているとサスケは知らない。うちはは里に戦争を挑もうとしている、そうすればまた大勢の人が死ぬ。人が死ねば憎しみや悲しみが生まれそれの繰り返しだサスケにそんな世界で生きて欲しくはない。かおるは弟が里から疎まれていても里に有益な事を行う、嫌じゃないのかと問えば眉間に皺を寄せ嫌に決まってるだろと返された。弟が火影になりたいと望んだらしいなら自分はその夢を叶えてやるまでだとお前自身の夢は一体なんだったんだろうな。弟の幸せが自分の幸せ、俺もそれには同感だがだからといってかおるが苦しむ姿は見たくなかった。その所為でかおるに口煩く言うことを度々してしまったがイタチの愛情だと言って受け入れてくれた。俺を優しいというかおるの方が何倍も優しいじゃないか。


「兄さんはかおるのことどう思ってるの?」

「そうだな、いい仲間だと思っている」

「ほんとにそれだけ?今日かおるが黒いマスク付けた人に構われてるの見たよ。兄さん、かおる取られちゃうよ?」

「サスケ、その人は先輩だ。それにかおるが誰と付き合おうがかおるの自由だろ」

「兄さんは嫌じゃないの!?だって兄さんはかおるのこと好きなんじゃないの?」


返す言葉が出なかった。サスケの言葉で絶対に来ないであろう未来を頭に思い浮かべてしまい自分らしくもない涙が込み上がってきたからだ。かおると一緒に休日は過ごしお互いの弟を連れて修行したりご飯を食べたりかおるが辛ければ支えてやり、愛し合うのだ。この手で彼女を抱きしめて愛しているなんて台詞、一族を抹殺しようとしている俺には言う資格などない。



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