幼なじみというものはどうしてこうも不便なのだろうか。まぁ、一番近くでずっといられる位置であるのは確かだ。でも結局、それ以上の位置へは行くことが出来ない。所詮そこまで、というわけだ。一番近くで一番の理解者…だけど、最後にはその位置でさえ奪われてしまう。長年築いてきたものを一瞬にして、簡単に抜き去られてしまう。…心に決めた人がいるというのはなんて恐ろしいのだろうか。だが、だからと言ってそれ以上の位置を望んでないかと聞かれたら嘘になる。仮にその関係を望んで、今までのものが全て崩れ去ってしまう…そんなことになったらそれこそ嫌だ。でも…このままも、嫌だ。…そんな矛盾した考えが先程から頭の中で浮かんでは消え、を繰り返している。
「…はぁ、」
誰もいない教室。わたし以外の人はみんな部活に行ったり寮に戻ってたしまったりでもういない。普段ならわたしも部活や委員会に入ってないので特別な用がない限り寮へ戻ってしまうのだが、何故だか今日はそんな気になれなくて教室に一人残っている。本当は月子に『だったら生徒会に来る?一樹会長たちも喜ぶよ』と誘われていたのだが、そんないつもなら嬉しいはずのお誘いも今日は素直に喜べなくて…結局、断ってしまった。
「……はぁ」
先程から出てばかりのため息。自分では止めようと思っているのだが、なかなか止まってはくれない。頭の中で渦巻いているものと先程から止まらないため息の所為でわたしはまた盛大なため息を一つ吐く。
「そんなにため息吐いてばかりいると、幸せ逃げるぞ?」
「…もうとっくに逃げてるからいいの」
「それじゃあ、もっと逃げるぞ?」
「……いいのー」
「お前が不幸になると他人まで巻き込むから…俺は嫌だな」
「そうですかー。なら不幸のどん底まで巻き込んでやる……って、ん…?」
教室にはわたし以外の人物はいないはずなのに何故か成立している会話に今更ながら疑問を持つ。嫌な予感がして突っ伏していた顔を勢い良く上げると、そこにはずっと頭に思い描いていた本人が椅子に座ってこちらを見ていた。
「は、え…?す、錫也!?な、なななななん…っ」
「とりあえず落ち着け…。はい、深呼吸ー。」
「え…?」
「はい、吸ってー吐いてー」
「え、ちょっとまっ…」
予想もしなかった自体に頭が混乱していて言葉が上手く話せない。とりあえず目の前にいる幼なじみ…東月錫也に言われた通り、ゆっくりと深呼吸を数回繰り返す。漸く落ち着きを取り戻したわたしは、気を取り直して再び彼に向き直り口を開いた。
「…何で錫也が此処にいるの?」
「あー、それなんだけどな…」
「うん」
「さっき月子から連絡が来て、“お前がなんか元気ないから一緒に帰ってやってくれ”って言われたんだよ」
「え…」
予想もしなかった返答に思わず目の前に座る錫也を見る。先程月子の誘いを断った時は、自分の中では上手くごまかしたつもりでいたがやはり相手はわたしを小さな頃から知っている幼なじみ…結局全部お見通しってわけだったのか。一人で無理して、ちゃんと隠したつもりだったのに実はバレバレ…なんだか一人で突っ走っていたのが馬鹿みたいに思えてきて、苦笑いを零した。
「…本当、月子には勝てないなぁ」
多分彼女はわたしに元気がない理由もわかっているに違いない。だからこうして錫也を呼んでくれた。一番ふざけ合える哉太でもなく、優しい羊くんでもない――わたしの一番好きな人を呼んでくれた。そんな些細な気遣いが嬉しくて、少しだけ笑った。ふと机の上に置いてあった携帯を見ると、メールの受信を知らせるランプが点滅しているのに気が付く。それを手に取り開いて内容を確認すると…
To.月子
Sub.大丈夫!
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元気なかった理由、錫也の事でしょ?
大丈夫だよ、自信持って!
頑張れ!
-END-
「…ありがと、月子」
「?何か言ったか?」
「ううん。ただの独り言」
わたしの幼なじみは何でもお見通しらしい。月子にここまでしてもらってそれを無駄にすることだけはしたくない…そう思ってわたしは決心を固めた。
「…あの、ねっ」
「ん?」
「…わたし、錫也が――」
「―――ストップ。ちょっと待った!」
「え……?」
精一杯の勇気を込めたわたしの告白を錫也は何故か遮った。…そんなにわたしに告白されるのが嫌なの?遮られたのが結構ぐさりときた。決心したものがどんどんマイナスの考えに変わっていく。そんな自分があまりにも惨めに思えて…もういっそここから逃げ出そう、そう思った時、錫也が口を開いた。
「…その続きは俺から言わせてくれないか?」
「……は?」
訳がわからない。口はぽかんと開いたままだし、目だってきっと点になってる。だって今の言葉に聞き間違えがないなら、わたしは泣いてしまうから。
「――お前が、好きだよ」
そう言って錫也はキスを一つして、手を差し出した。
恋に恋して、君に恋した
(それじゃあ行きましょうか、お姫サマ)(……ばか)
そんな貴方だから好きになったの。
そんなお前だから恋をしたんだ。
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企画サイト『君色シンドローム』様に提出。
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました!
0326 奏季そら