※戦国時代パロ

「旦那様、お時間です」
「わかった」

障子の向こうから従者の声がした。朦朧とする意識のなかで隣の温もりが消えるのを感じる。脱ぎ捨てた衣類を拾い集めて羽織っていく姿を見つめながら私も起き上がった。

「お手伝い、致します」
「おう、悪いの」

乱れた髪を結い直す姿は艶やかで、つい見惚れてしまう。ぼうっと眺めていると目が合って、ふ、と笑われた。

「行き難いのう、その目」
「も、申し訳ございま…っ」

不意に引き寄せられて抱き止められる。髪がかかって擽ったい。何度も別れは経験した。生か死か、次の約束はできない身の雅治様、私も毎回覚悟をしながら戦へと見送る。安全な場所で無事を祈ることしか出来ない女の私には、泣くことも許されない。ただその最後のときを身体に染みこませる。目、唇、指先、温もり全てを感じる。この最後はあと何度訪れるのか。
今日もこの最後のときを雅治様の腕のなかで感じる。

「戦は嫌いか?」

抱きしめる手を緩めることなく雅治様が耳元でささやいた。初めて訊かれることだった。ふたりの間では暗黙の了解だった、ふたりを隔てる戦の話題はしない、と。
戦は嫌いだ。私から雅治様を奪ってしまうのだ。そんなこと口が裂けても言えないが。

「……」
「俺は嫌いじゃ」
「雅治さま…」
「行きたくないのう」
「いけません、迷いは災いを呼びます」
「お前は強いの」
「そんな…」

私を抱きしめるその腕は震えている気がした。背中に回した手に力を込めた。私にもたれる様にして寄ってくる雅治様に困惑しながらそれに応える。雅治様が弱音を吐くのは初めて聞いた。

「お時間ですよ、雅治さま」
「んー」

雅治様が目を伏せたまま立ち上がったので、私も合わせてその場に立った。雅治様はまた顔をしかめて私を見つめた。行きたくない、そう思っているのがひしひしと伝わってきた。私にはそれを咎めることが出来ない。心の奥底では同じ考えなのだから。

「俺はお前さんに会うまで戦うことしか頭になかったんじゃ、戦に行きとうないことなんかなかった」
「雅治さま、そんなもう死ぬみたいなこと仰らないでください」
「もし俺が死んだら、お前さんを縛るものはなくなる、お前さんほどのいい女となればすぐ新しい男が出来るじゃろ」
「雅治さま!」

私は耐えきれず声を上げた。それでも雅治様は話をやめることなく続けた。

「お前さんはその新しい男と幸せになりんしゃい」
「嫌でございます。雅治さま以外の者など、皆同じに見えてしまう」
「はは、ひどい女じゃの。想っている者が泣くぞ」
「私は雅治さまさえ居て下されば」
「…そうか」
「だからどうか…ご無事で」

思わず目頭が熱くなった。それに気付いた雅治様は優しく微笑んで私の目元を拭った。頭をポンポンと撫でて、私に背を向けた。

「我が儘娘の為にも早く帰らんとな」

小さくなっていく背中を見送りながら、私の頬に涙が流れた。どうかご無事で、雅治さま。

そうしていると、数十メートル先の雅治様が不意に振り返って叫んだ。

「あれじゃ、迎えはあの桜色の着物で頼む」
「はい…っ、行ってらっしゃいませ」

もう涙は流れなかった。明日にでも女房に言い付けてあの着物を干して、香でも焚こう。




花の下にて。様に提出




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