「ねぇ博士」
幼い子供が男を呼ぶ。
「なに?」
「博士はどうして博士になったの?」
子供の質問に、男はしばらく考えたあと、口元を綻ばせてこう言った。
「ある人の、笑顔が見たいからだよ」
地下に続く階段を下りると、徐々に金属を叩くような音が聞こえてきた。
どうやらまだ、博士は作業を行っているらしい。
一度熱中すると、こうして自分が呼びに行くまで、研究室に籠りっきりなるのはいつもの事だ。
少年は無表情で階段を下りていく。やがて辿りついたのは鉄で出来たドアの前だった。
少し重たいそれを開けると、大音量の機械音が耳を刺激し、咄嗟に耳を塞ぐ。
階段を下りている時は、打撃音だったが、今は、がががっ、と何かを削るような音に変わっていた。
「博士」
部屋の真ん中で白衣を着た老人に話しかける。しかし聞こえていないのか、彼は作業に没頭している。
「博士」
さっきよりも声を大きくするとようやく気付いたらしく、手を止めて振り返った。そして少年がいることを確認すると目元を覆っているゴーグルを外した。
「おぉ、カルテ」
「夕飯の時間ですよ」
少年――カルテは無表情のままそう告げた。博士と呼ばれた老人はカルテの言葉を聞くと「もうそんな時間か」と呟き、手に持っていた道具を床に置くとおもむろに立ちあがる。
「よし、では行くとするかのぅ……カルテ?」
カルテの側まで歩み寄ると、彼が一か所を見つめていることに気付いた。
博士はその視線を辿るように室内に目をやる。そしてさっきまで自分が作業を行っていた場所にいきついた。
もう一度カルテに視線を戻す。
黒髪から覗く金色の瞳は確かにソレを見つめていた。
「気になるか? あれが」
「……いえ、別に」
言葉とは裏腹に依然ソレに視線を注いでいるカルテに、博士は優しく口元を綻ばすと室内にまた入っていった。そしてカルテが見つめている物の前に立つと、ちょいちょいと彼を手招きする。
カルテが側まで歩み寄ってきたのを確認すると、博士は口を開いた。
「これはな、フレンだよ」
「フレン?」
聞きなれない単語に首を傾げる。
「フレンとはこの子の名前じゃ。機械人形と呼ばれるものだよ」
「機械人形……」
カルテがポツリと呟く。彼の目の前には、長い銀髪を垂らし、眠っているかのように瞼を下している少女の姿をしたものがあった。
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