「おっかえりー」
部活後、くたくたになって帰宅したあたしを出迎えたのは。
そんな呑気な言葉と
「…何してんの?」
「漫画読んでる。」
「…じゃなくて。 なに勝手に人の部屋に上がり込んでるのか聞いてんの。 しかもそれ、あたしの漫画」
自分の部屋で許可なしにくつろぐ男。手には、昨日手にしたばかりの月間の少女漫画雑誌。
「あ、これ? そこに置いてあったから 。 にしても相変わらずベタなもん読んでんなー。 何よこのセリフ。 寒すぎにもほどがあんだろ」
「…だったら読むな」
「暇なんだもん」
…何が、だもん、だよ。
可愛く言ってるつもりか。
ってか、あたしだってまだその漫画読んでないっていうのに。勝手に袋から開けやがって。
「はぁ…、つまんない本無理に読むことないじゃん。自分の家で好きなことして暇潰しなさいよ」
「俺もさー、そうしたいのはやまやまなんだけどね」
しょ、とあたしが入ってきたときに持ち上げた上半身を再度ベットに沈める。
視線は変わらず両手に持った漫画本に注がれたまま。
「兄貴がさ、親が仕事なことをいいことに女連れ込んでんだよ」
「…? それがどういう…」
「ほら、俺の部屋隣じゃん? アンアンアンアン聞こえてくんだもん。 たまんねーよ」
「あん、…」
「な、思春期まっただ中の俺にはさすがにきついっしょ」
…この際、アンアンだか何なんだかは置いておくとして。
それがあたしの部屋に勝手に入り浸る理由に繋がるのか。
…それはおかしいんじゃないか。
だって、
「…彼女んとこ行けばいいじゃない」
あんたには、れっきとした相手がいるじゃない。
…あたしなんかじゃなくて。
「お前バカ? こんな時間に家あげてって? 下心見え見えだろ」
「…何よ今更。 紳士ぶっちゃって。 そっちこそアホみたい」
「そりゃあな」
さも、当たり前だろ?とでも言うような口調で。
「好きな女の前では普通、かっこつけておきたいもんだろ」
ヤツの口から発せられた言葉は、あたしの心臓にぐさりと突き刺さり、じんわりと鈍い痛みを広げていく。
……好きな女か、
それを悟られないよう、あたしはヤツを鼻で笑ってやった。
「まぁ、お前も同じ立場になったら分かるようになるよ」
「… 何がよ」
「お子ちゃまにはまだ早いか。 つかお前、好きな奴とかいねーの?」
「…居てもあんたには教えてやんない」
「…お前、もったいねーことしてんな。 俺に言ってくれたらアドバイスでも協力でも何でもすんのに」
「嘘つけ」
「嘘じゃねーよ」
じゃあ、お望み通り言ってあげようか?
あたしが長年抱き続けてきたこの想いを。
だけどその先に見えるのは、ヤツの困惑した顔と二度と戻ることのない亀裂した関係。
…だから言えない。
言えるわけがない。
そして、あたしはまた隠す。
「お前何も分かってねーのな」
…分かってないのはどっちよ。
鈍感にも程があるわ
そうやって何の悪気もなくーーーー
「幼なじみのためならさすがに俺だってひと肌脱ぐっつーの」
ほらまた、あたしの一番触れて欲しくないワードを簡単に口にする。
それを聞くたびに、あたしがどれ程傷つくのか。
…何も、知らないでしょう。
「…脱がなくて結構」
「素直じゃねーの。 そんなんだからこんなもん夢見てんだぜ」
あたしの足元に、パサリと投げつけられた漫画本。
自然とふたつに開いたページの内容はーー幼なじみの彼との恋。
最初は意識さえしていなかったふたりが、自然とお互いを恋の相手として自覚していく。
そんな、ありきたりなストーリー。
重なった偶然に、見落としながら涙を浮かべた。
好きと言ったら終わってしまうような気がしたから。
( 近いのに、遠い )
Tittle 確かに恋だった。
2011/12/30 修正 back