第三話




 蔵馬が幽助の店を尋ねたのは約一か月前のことだった。

「妙な気配がする、だぁ?」

 沸騰しているお湯の中に卵色の麺が入れられて早数分。菜箸が湯切りカゴの中で円を描くのは随分と様になったなぁ、と蔵馬はぼんやりと見ていた。一拍ほど置くとタイマーが鳴り、幽助は仕上げ作業に取り掛かる。
 濃厚なタレと出汁たっぷりのスープが混ざりあい、そこに湯切りされた麺が入れられた。先ほどの菜箸で麺を何度か折りたたむような動きをすると、たちまちスープと絡み合う。最後にチャーシュー、白髪ねぎ、メンマ、海苔、煮卵をトッピングしたら完成だ。

「へい、お待ち!」

 大きなどんぶりを軽々と片手で持ち、目の前のカウンター席に置いてお決まりの笑顔を見せれば、幽助の仕事は終わりだ。一連の流れは手際がよく、おかげでラーメンを提供するまでの時間は随分と短縮された。「スープの出汁、ちょっとコクが足りねぇよな?」先日ぼそっと呟いたあの言葉はもはや職人の域に達したも同然だろう。もともと幽助は器用な方ではあったが、開業時はさすがに勝手が掴めずマルチタスクにあたふたとしていた。今やあの頃が懐かしい。
 ほくほくと立つ白い湯気、魚介をベースとしたスープの匂い、どんぶりを彩る食材たちは、蔵馬の空腹を大いに刺激した。

「いつもありがとう。いただきます」

 割り箸を親指と人差し指の間に挟んだ後、しっかり感謝を込めて挨拶をした。「毎回そこまで丁寧にやってくれるの、蔵馬くらいだぜ」少々照れくさそうだが、嬉しそうに幽助ははにかんだ。

「…で?その妙な気配ってのは…?…って食べ始めた客に聞くのも失礼だよな」

 レンゲで掬ったスープを一口飲み、その後は大口で麺を豪快にすすった蔵馬。普段はあまり想像できないかもしれないが、彼のラーメンの食べ方は意外と男前だったりする。余計な気遣いは必要ない間柄な上、単純に仕事終わりで腹が減っているのも大きいのだろう。「ちょっと気になったことがあって…」合間に言葉を挟む蔵馬だが、やはり三大欲求には敵わないらしい。危険が伴う状況下でもないので、食事くらいゆっくり楽しんでほしいものだ。

「蔵馬が気になるっていうから、多分よほどなんだろうなぁ。妙な気配っつーか…、わけわかんねぇモンなんてこの辺にだってウジャウジャしてるんだからよ…」

 幽助が屋台の暖簾を片付けながらあたりを見回した。
 都会の雑踏の中には、奇怪で異様な姿形をした、いわゆる“人間ではない”部類に属する者がごまんといる。彼らは決して馬鹿ではないので、幽助や蔵馬に生活に支障をきたすことはしない。いや、寧ろ向こうがこちらに慄いて距離を図ってくることもしばしばあるのだ。
 しかしそれゆえに、小賢しさが際立つ。雑踏の中に紛れながら吟味し、要は“憑けそうな人間”を選ぶと、とっかえひっかえしたり一人に固執したり等、パターンは様々だ。そんな中で日々を送っているので、幽助や蔵馬、そして桑原もまた、すれ違った人間に危険が伴いそうな匂いを嗅ぎつけた際は睨みを利かせたり、ほんの僅かにこちらの気配を強めたりして静かに追い払うようにしている。誰かに頼まれたわけでもなく、そして感謝されることもないのだが、魔界のトンネルの一件から自然とそうなっていった。
 今日も今日とて、その類の者はこの辺りをうろついている。たまたま幽助の視界に入ったのが、邪気の塊のような黒い影が一人のサラリーマンの背に憑こうとしているところだった。距離もさほど遠くない。幽助は得意の睨みを利かせ、ほんの少々の妖気を見せると、その黒い影は一瞬にしてその場から姿を消した。恐らく別の場所でまた同じようなことをするのだろうが、一つ一つ追っていてはキリがない。そのため、視界に入った時のみこうした手助けをしているのだが、これも見方を変えればこちらのエゴのようなものだ。
 妖怪と人間が共存するにあたり、出来ることは一つでもやっていきたいと願い、それをすることによって利害を一致させている部分もある。あとは霊界により顔を利かせるための手段でもあるのだが、これに関しては最近はめっきりだ。コエンマやぼたんの顔もしばらく見ていない。平和で何よりな証拠でもあるのだが、時折頭の片隅で思い出す時もある。
 幽助が店仕舞いを進めているさ中、ご馳走様でしたと背後から聞こえてきた。振り返ると、スープが一滴たりとも残っていない空っぽなどんぶりがそこにあった。ハンカチで口元を丁寧に拭う蔵馬は満足そうにしており、腹が満たされたので生気も戻ったように感じる。
 天下の元大盗賊様のこんな姿、昔の仲間が見たらさぞかし驚くんだろうな。幽助はぼんやりとそんなことを思った。

「結論から言うと、霊界に報告した方がいいかもしれない」

 ハカンチをしまい、目元を鋭くした蔵馬が呟いた。先ほどまで食事を楽しんでいた雰囲気とはガラリと変わり、突飛な言葉の裏に強い感情が込められていることに気が付いた幽助。
 勘定を受け取ると再び暖簾を戻し、灯りも最小限にして、営業中と書かれた札を裏返した。「なんだ、もう閉まっちまったのか」遠くで中年男性の声がチラリと聞こえたが、事態は急を要するので仕方がない。幽助は心の中で「ごめんな、おっちゃん」と呟きながら煙草に火をつけ、蔵馬の隣に座った。

「…最初から聞かせてもらっていいか?」

 幽助の問いに、蔵馬は表情を曇らせながら頷いた。事の発端は、今から更に三か月前に遡る。
 蔵馬の父の会社はここ数年をかけて事業拡大を手がけた結果、大躍進を遂げた。蔵馬の就職時は街の小さな子会社であったが、今や大都会のど真ん中にオフィスビルを構え、子会社をいくつも経営するほどまで成長したのだ。短期間での急成長、そしてこれからの伸びしろを加味した上で、業界内では一目置かれる存在となっている。
 ある日のこと。営業部に所属していた蔵馬の元に某案件が振られ、そのことについて子会社に所属する社員とミーティングをすることになった。蔵馬はその日の午前中に外回りの予定があり、それがたまたま子会社の近くであったので、彼が直接子会社へ足を運ぶことになった。
 運が良ければ、午後のミーティングの前に子会社の社員食堂に寄ってみるのもいいかもしれない。蔵馬の頭の片隅にはそんな小さな楽しみがあったので、当日は少々浮足が立った。結果、仕事の神が微笑んだことが幸いしたのか、外周りが早く済んだので蔵馬は子会社の社員食堂でお昼を済ませることにした。
 食券を買ってカウンターで待っている間、周りの色めいた視線には既に気が付いていた。もちろん、決して嫌な意味ではない。特に女性からの視線は学生時代からずっとそうだったので、いつも通り視線が絡んだ相手には軽く笑顔を振りまいた。
 周りから聞こえる黄色い声に耳を閉ざし、頼んでいた定食が出来上がると、なるべく人気の少ない場所を探し始めた。
 しばらくキョロキョロしていると、奥にごっそり席が空いている長テーブルを見つけた。一番端の席に女性が一人座っていたのだが、スケジュール表、そしてスマホ画面を見ながら食事をしていたので、ある意味安心したのだ。食事をする時くらい静かな場所で落ち着きたい。これが蔵馬の本音であった。幸いなことに向こうも目の前の情報で精一杯のようで、こちらに意識は全く向いていない。それを改めて確認すると、蔵馬は胸元で控えめに合掌し「いただきます」と呟いた。
 この食堂は生姜焼き定食が美味しいと噂を聞いており、食券を買う際、迷わずそれを選んだ。外回りをした後には絶好のメニューだ。蔵馬は一口、肉を頬張った。口の中に広がるパンチのある塩気、そして生姜の香りが絶妙に美味い。千切りキャベツもみずみずしく、シャキシャキとした食感が最高だ。これは白飯が大いに進む。
 蔵馬がもくもくと食事を楽しんでいると、ふと違和感のある気配に気が付いた。それも、いつも街中で見たり感じたりするような、あの気配とはまた別のものだったのだ。食事をしながらひっそりと目配せをし、その気配の元を辿ると、先ほどの女性が視界に飛び込んできた。
(なんだ…この気は…?)
 若干、邪気が絡んでいるように見えなくもないが…決していい“気”ではない。“人間には属さない”何かなのは確実だった。
 …怨念?生霊?いや、違う。もっと別の…とてつもなく、大きな“何か”だ。その何かが女性の背後に憑いている。蔵馬は一瞬、女性に声をかけようか思ったが、変にこちらが動いてその“何か”が予期せぬ動きをされても困る為、断念した。危険…とまではいかない域だったので様子を見た方が英断だと思ったのだ。
 今思えば、微笑んだのは仕事の神なんかではなかったのかもしれない。
 その日から、蔵馬の頭の中はその件を見過ごせなかった。霊気でもない、妖気でもない、でもほんの僅かだが自分の身近に感じるような…そんな不思議な気配だった。あれは一体なんなのだろう。そしてそもそも、得体のしれぬ“何か”に憑かれていた女性も何者なのだろうか。
 後日、蔵馬は仕事の合間を縫って彼女のことを調べ始めた。会議をした子会社の上層部や父親等人づてに聞けば話しは早いのだが、何せこれまで関わってきた霊界や魔界の事案とはまるで別物だ。そのため、今回はなるべくこちらの情報を与えず慎重にいきたいと思ったのだ。何よりも、あの“何か”だってきっと馬鹿ではない―――故にこちらの気配を感じ取った可能性は高い。下手に動くのは自分も、そして彼女も危険だ。
 蔵馬はそれらを念頭に置いていたので、彼女の情報を手に入れるまでは思っていたよりも随分と時間がかかった。そもそも日々追われる膨大な仕事量に兼ねた動きでもあり、更には会社が事業を拡大した分、セキュリティがより厳重になってしまったのが仇となってしまったのだ。
 結果、人脈を使わずとして手に入った情報は履歴書に書かれた文言、そして社内での経歴のみであった。蔵馬は一人で動くには限界を感じた。

「…で、その女性ってのが?」
「苗字名前。俺が尋ねた子会社の社員だ」

 蔵馬がスマートフォンを操作すると一枚の顔写真が出てきた。その画面を幽助に見せると、「えっ、」と驚いた声を上げた。

「可愛いじゃねぇか!」
「…」
「…あ、わりぃ。そういうことじゃねぇよな…」

 画面に映っていたのは履歴書に貼られた名前の写真であった。新卒の学生らしさが残る、よくいえば社会の波に揉まれる前の姿だ。清潔感溢れる若々しさ、そして口元に緩く描かれた弧からは人柄の良さが伝わる。そして何より、幽助が思わず口にした通り可愛らしい顔立ちだ。
 しかし蔵馬は幽助の発言に珍しく黙り込んでしまった。「続き、聞かせてくれよ」灰皿に煙草の吸い殻を落としつつ、目を泳がせながらも幽助は続けた。この時彼の中に一つの期待が抱かれたのだが、今はこれに触れない方がいいだろうと思い胸の内に収めた。
 蔵馬が女絡みで、初めて見せた表情だったからだ。
 蔵馬は一つ嘆息をついた。

「…手はずは済んだ。俺は明日から彼女の部署に異動する」
「え、えぇっ!?会社ってそんなに簡単に異動出来るモンなのか…?」

 目を丸くする幽助だが、相反して蔵馬は涼しい顔をしている。

「別に…特に難しくはなかったですよ。直属の上司に、小出しにその旨を伝えていましたから。あとは人事部と関わる機会をどうにか作って…。その後はまぁ、色々ですね」

 ここで初めて、蔵馬はにこりと笑った。目的の為に一応手段を選んだ結果なのだろうが…。社内でそれなりに結果を出し、好人物像の象徴のような振る舞いを見せている蔵馬にとっては、こんなことはある意味朝飯前なのかもしれない。約三か月弱にわたる入念な準備は流石である。

「ここ二、三日は俺の噂が彼女の耳に入っているかもしれないけど…。それは想像の範疇だから気にしていない。あとは彼女に接近する機会を図るだけだ」
「なるほどな…。だいたい分かったぜ。…でもよ、霊界にはなんて言うつもりだ?何か憑いてるって…それだけじゃ向こうだって動きようがねぇだろうし…。つーか、そもそもこの三か月間彼女がどう過ごしていたかなんて分からねえだろう?」
「それは俺の仕事じゃないですよ」

 幽助は蔵馬から顔を背けて副流煙を勢いよく吐き出した。またしても耳を疑いたくなるような発言だ。
 指先に持つ煙草の火がじんわり灰を生んでいる。トン、と軽く一回たたくと吸い殻がたんまり落ちた。

「…お前、まさか」
「飛影に頼みました」
「本当に…頭上がんねぇわ」

 これはあっぱれだ。幽助は残った煙草を灰皿に押し付けると、苦笑しながら「降参」と両手を上げた。既に飛影に話しをつけているのは蔵馬の本気っぷりが垣間見えた証拠だ。

「…だったら話しは早えな。分かった。霊界には明日俺から言っておく。とりあえずは様子見で、蔵馬が接近した後どうするのかはまたこっちで決めていこうぜ。俺もその名前ちゃんって子に何が憑いてるのか、単純に気になるしよ」

 名前ちゃん。この発言に一瞬蔵馬のこめかみが微かに微動したが、幽助は気が付かなかった。

 翌日、蔵馬と幽助、そして飛影を交えた報告会が開かれることとなった。無論、場所は幽助が営む屋台ラーメン屋だ。時刻は23:30を回っている。店をたたんだ後、三人は昨日と同様に最小限の灯りの中にいた。

「全く…貴様らは人のことをなんだと思ってやがる…!」
「まぁそう固いこと言うなって。おかげで俺の美味ぇラーメン、タダで食えてるじゃねぇか」
「そうですよ。魔界のパトロール、あんなに暇だって言ってたのに…。あ、もしかして忙しくなったんですか?躯さんにボコボコにされたせいで…」
「躯とは次の魔界統一トーナメントまで手合わせはせんと言っただろう!何度も言うが、今回の件も暇つぶしに付き合ってるだけだ。…俺の話しはいいだろう。幽助、霊界は何と言っていたんだ」

 飛影の眉根が上がり、こめかみにも青筋が走った。相変わらず蔵馬からのからかいには一生勝てなさそうだな。幽助はいつも通りの様子ににやけてしまった。恐らく蔵馬も自負しているだろう。

「とりあえずコエンマには現状を伝えておいたぜ。霊界には霊界なりの調べ方っつーもんがあるだろうからな。何か小さなことでも異変があればすぐ報告しろってよ。…蔵馬はどうだったんだ?今日が初出勤だったんだろう?」
「えぇ。…正直言うと、俺にあまり興味を持ってもらえなかったですね。ただ、やはり彼女から感じる気配は他の人間とは別格でした。目が合った瞬間に肌で感じ取れましたから、間違いありません。これから毎日同じフロアで過ごしますし、俺も異変を感じたらすぐ伝えますね」
「…で?飛影は?なんかあるか?」

 幽助、蔵馬の視線が飛影に集まった。飛影は腕を組みながらしばし黙考し、左斜め上に視線を向けた。普段ではあまり見せない、珍しい姿だ。

「飛影、どんな些細なことでもいいんです。あなたが今まで見てきた彼女の姿と何かが違う節が一つでもあれば教えてほしい」

 蔵馬が飛影の背中を押すように諭した。やはり飛影の中で何かが引っかかるのだろう。幽助も気になっていた。

「…人間は、急にだらしなくなるものなのか?」

 黙り込んでいた飛影の口から出た言葉は、実に突飛なものであった。蔵馬と幽助の視線が「?」と絡み合う。

「…おい、そりゃどういうことだ?」
「名前という女は…生活の様子は人間そのものだった。毎日決まった時間に起きてカイシャ、とやらに行って、夜は眠る…。そこまで違和感はなかった。…ただ、この一週間俺が見た限りでは、その女は寝床で寝ていない」
「…はぁ?じゃあなんだよ、床で寝てるっつーことか?」
「ソファーとかで寝落ちするようになった、ってことなんじゃないですかね」
「…どこが違和感なんだよ?俺にゃ全然分からねぇぞ。それって要はテレビとかスマホを見ながら寝落ちするってことだろう?そんなこと、誰だってやることなんじゃねぇの?…つーか俺だって時々やるぞ!?」
「俺は人間の生体は全く分からない。…ただ、これまで割と規則正しく生活してきた奴が、ある日を境に急に寝る前だけ堕落しているのが気になっただけだ。最初の頃に見られなかった唯一の姿だからな」
「飛影、ちなみに彼女はどのように寝落ちしていたんですか?」
「…部屋を暗くした状態で、テレビを見ていた」

 その発言に、蔵馬の脳裏には今朝の名前が過った。それは他の女性社員が色めいていたからこそ余計に分かることでもあった。彼女の目の下にはクマがあり、夕方の業務の頃には少々化粧が崩れていた為、朝よりもほんのり表れていたのだ。

「慢性的な寝不足なんでしょうけど…。しかしそれが憑いてるものと何の関係あるんですかね?」
「わっかんねぇな〜。ただ単に見たい番組があっただけじゃねぇの?」
「そんなの知るか。…今日のところはもういいだろう」
「あっ、オイ…飛影!!」

 幽助が止める前に、飛影は颯爽と姿を眩ませた。

「なんなんだよアイツ…。相変わらずつかめねー奴だな…」
「でも、ある意味収獲でしたよ。普段と違うってことはやはり変化の一つですし」
「うーん…。俺はあんまり納得出来ねぇけどな。だってこんなの誰にでもありえる話しだろう?」
「彼女の場合、既に“誰にでもありえない”状態なんですよ。幽助」
「あっ…。確かに…」

 そう。名前は蔵馬が気付いた時から既に“普通の人間”には該当していないのだ。だからこそ、他者から見れば大したことのない小さな変化でさえも一つ一つ掻い摘んでいく必要がある。灯台下暗しになりがちだが、ここは飛影の言葉を素直に聞き入れた方がよいと判断したのだ。

「…多分、俺より飛影の方が苗字さんのことをよく分かってると思う」

 蔵馬はふと遠くを見つめて、頬杖をつきながら呟いた。その際自身の胸がチクリと痛み、瞳に翳りが伴う。
 幽助は今の蔵馬の表情や感じ取れる雰囲気で、昨日抱いた期待が確信へと変わったような気がした。

「…と、とりあえずよぉ!蔵馬は今日から毎日名前ちゃんと一緒に仕事が出来るじゃねぇか。やっぱり直接関わった方が分かることってたくさんあると思うし、遠くで見守るのとはまた違う面が見えてくると思うぜ。誰がどう考えたって、面と向かって会話した方がいいに決まってんだろう!」

 しどろもどろに話す幽助に蔵馬は目を丸くした。
 …あぁ、そうか。幽助は…。

「ふっふふ…っ」
「な、なんだよ…?」
「いえ、なんでも。…ありがとう、幽助」

 これが元大盗賊だなんて、聞いて呆れるよな?その一言を、蔵馬はぐっと堪え、胸を思いとどまらせた。
 とりあえずこの日は解散となり、次に会う日まで各々の役目を務めることになった。飛影は引き続き邪眼で名前の生活の観察を、蔵馬は一日一回は必ず名前と関わることを、そして幽助は蔵馬や飛影の情報を元に霊界に報告を、それぞれ担った。

 その後ーーー蔵馬が名前と同じフロアで働き出してしばらく経った頃、ようやく例のその“何か”が隠していた爪を見せるようになったのだ。接触を図る度に牽制し続けてきた甲斐があった。
 向こうは蔵馬の妖気に反応し以前よりも気配を強めているが、当然名前はそれに全く気が付いていない。その“何か”には強い意志を感じ、そして時折情感といえるものを感じることもあった。
 とある日のこと。名前が押印を頼みに蔵馬の元へ来た際、いよいよ彼女の背後から薄黒い影が急に現れ、まるで蔵馬を威嚇するような獰猛な動きをしたのだ。更には日を追うごとに名前のクマが酷くなっていき、その“何か”の力が強まっている傾向も確信へと変わった。
 奴は、名前の生命力を餌にしている―――。
 蔵馬の懸念が確固たるものへと変わると、幽助、飛影、そして霊界と情報を共有した。

「…分かった。こちらも動こう」

 コエンマは早急に判断し、幽助と共に作戦を練った。
 作戦の決行は、蔵馬の歓迎会が行われる日の深夜となった。本当は別日でもよかったのだが、シンプルに蔵馬と名前の仕事が繁忙期に入ってしまったことや、そもそも社内で彼女と二人きりになるのが難しい等の条件が重なり、やむを得ずその日になってしまったのである。
 歓迎会の後に蔵馬が名前を上手いこと連れ出し、事前に調べてあったバーへ連れて行く。そこまでの件が合図だった。その様子を飛影が邪眼で確認し、こちらの手はずが整っていれば幽助が蔵馬に一報する。あとは蔵馬が名前に眠り薬を飲ませれば完璧だ。
 これまで入念に準備を重ねてきた甲斐があった。これでやっと名前を救い出せる―――。蔵馬は腕の中で眠る名前の顔を見ながらこの数か月を振り返った。地を蹴り、跳躍を続けると、都会の煌びやかな世界が流れすぎてゆき、人気の静まり返った郊外へ出るといよいよ気が引き締まる思いだった。
 …さぁ、本番はここからだ。
 眼下に広がるのは、工事現場の跡地となった広大な地だ。そこには白いネオン線の細かな網がドーム状に貼られ、中には大量のお札が貼り付けられていた。
 飛影、幽助、そして応援に駆けつけたぼたんや桑原の姿を確認すると、不思議なことに蔵馬の緊張はほぐれていった。だが、相反して腕からひしひしと伝わる強いエネルギーは“何か”の力だ。向こうも様々な気配を感じとり、それなりに抵抗しているのだろう。
 …大丈夫。俺は負けない。
 蔵馬が強い意志を抱いた瞬間でもあった。




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