11 流れる行進曲

 幽助の拳が光り、同時に幾つもの閃光弾が放たれた。その眩い多くの光たちは群がる亡霊を全て飲み込み、そしてそれらの姿を瞬く間に溶かしていった。夥しい程の狼狽の声が辺り一帯に響き渡り、次々と光が包んでゆく。だが、亡霊は身体を連なってじわじわと飛影と凪沙の元へ近づき、最後まで伸ばされた手はやはり凪沙を狙っている。陥没した目元は眼球がないはずなのにこちらに羨望を向けているようで、且つ狼狽する口の中は黒く放たれる声色の気味の悪さに凪沙の身の毛がよだつ。

“寄越セ…力ヲ寄越セ…!”
「―――嫌っ…!」

 凪沙に間もなくその手が伸ばされようとした瞬間、飛影の首元に思わず抱きついた。だが、その手は彼女に触れることなく幽助の放った光によって浄化され、狼狽と共に天へ昇って行った。
 今までの騒ぎがまるで嘘のように、一瞬にして閑散とした川辺。恐らく川の中にはまだ多くの亡霊が潜んでいるのだろうが、仲間が極楽浄土へ送られた様を見て静まり返っているに違いない。
 凪沙は未だ飛影の首に手を回し、身体を震わせていた。

「おい、もう終わったぞ」

 飛影の抑揚のない声にハッとし、そこでようやく顔を離した。

「あっ…私…ごめんなさい、急に…」

 凪沙は恐怖や安堵が交錯しているようで動揺が拭えないのか、瞳には涙が溜まっている上に指先が震えている。飛影は込み上げてくる熱き何かが己を掻き立て、そのまま彼女を抱きとめたい衝動に駆られた。思わず息を呑み、凪沙の肩を抱く指先に力が入った。

「あっ!飛影っ、テメッ、なんで凪沙と一緒なんだぁ!?し、しかも姫抱っこまでしやがって…!」

 だが幽助の声に飛影はハッとし、そこで初めて凪沙の身体を地に下した。
 幽助はショットガンを放ち、土手を下る最中飛影が誰かを横抱きしているのに気付いたのだが、それがまさか凪沙だったとは。青天の霹靂のような、言葉に出来ない衝撃が幽助に走り慌てて駆けて来たのである。

「お〜い、立花!怪我はねぇか!?」

 その後ろから、桑原もまたやって来た。馴染みのある顔ぶれに凪沙はようやく心から安堵したのか、相好が徐々に崩れる。

「幽助、桑ちゃん!」

 飛影の手をするりと抜け、凪沙もまた二人の元へ駆け寄った。先ほどまで溜まっていた涙は一度拭えばもう零れることはなかった。

「おめー、なんでまた飛影の服なんか着てるんだぁ?」

 桑原がすかさず問うた。すっぽり着させられた飛影のマントは、凪沙には少々大きいようで袖が伸びている。

「これは…その…」

 これには訳が。凪沙がそう言いかけた後方で、幽助が飛影に詰め寄っている。

「おい飛影。てめぇ一から説明しろ。何でおめーが凪沙と一緒にいて、しかもあんな風に姫抱っこしてたんだ?あぁ?」
「別になんだっていいだろう。こんなくだらんことでいちいち騒ぐんじゃない」
「くだらねぇとはどういうこった!俺ァな、凪沙に会いたくてもずっと我慢してたんだぞ!なのに何でおめーばっか…!!ずりぃじゃねぇか!!」
「一体なんの話だ?俺には関係ない」
「関係あらぁ!!」

 幽助の気迫に一切物怖じせず折れない飛影。話しが一向に進まぬこの現状に、珍しく桑原が溜息をついた。

「一体なんだってんだよ…。…つーか浦飯の言う通りだぜ。俺らは竹中に、立花に会いに行くのを止められてたんだぜ?大人の事情がどーたらこーたらって…」

 もしかしたら叔父が言付けしていたのかもしれない。凪沙はふと思った。…道理で母の葬儀でバタつく間、誰からも連絡が来なかったわけだ。いや、もし連絡が来たとしてもいつものように振る舞う自信がなかった為、結果としては良かったのだが。自分の知らぬところで周りに心配をかけていたかと思うと、負い目を感じる。

「そうだったんだ…。心配かけてごめんね」
「いや、立花が元気そうなら良かったぜ。…でも急に何が起きたっていうんだ?俺ァ浦飯が“飛影の妖気を感じる”っつーから一緒に来たんだけどよ」
「俺もその訳を知りたいなぁ」

 凪沙と桑原の後方から別の声色がした。二人が不思議そうに振り返ると、そこにいたのは蔵馬だった。

「蔵馬ァ!?おめーもまた何で…!?」

 桑原が思わず声を発すると、幽助、飛影も気が付きこちらへ視線を向けた。

「こんな平和な人間界であれだけの妖気を放たれちゃ俺だって気が付きますよ。…でも、どうやら一足遅かったみたいですね」

 蔵馬が凪沙を一瞥し、そしてにこりと微笑む。凪沙は蔵馬の笑顔を初めて目の当たりにしたものだから、自然と頬が紅潮した。端正な顔立ちをしているからこその、この甘い笑顔は世の女性を虜にしそうな魅力だ。先日は他愛もない会話しか交わさなかったものだからこそ、無意識に緊張が走る。
 その様子に幽助はますます不服そうに口をへの字に曲げ、飛影も面白くなさそうにしている。

「それにしても、凪沙ちゃんの…」
 
 蔵馬が凪沙の全身を見つめる。その様子に凪沙はハッとした。てっきり先ほどの桑原と同じ事を問われると思ったのだ。

「これ、飛影さんが貸してくれたの」
「いや…そうじゃなくって」
「…え?」

 凪沙は不思議そうに首を傾げた。

「蔵馬も気付いたか?」

 次いで、幽助が凪沙と対峙した。上から下へと、ゆっくりと視線を走らせる最中、目が留まったのはマントの下から伸びている凪沙の足元だ。そして同じように桑原、飛影もまた凪沙の元へ寄り、いつの間にか彼女を囲うように四人が並んだ。

「やっぱり…間違いねぇよな?」
「ええ。いくら飛影の妖気に包まれているからといって…この力は…」
「俺にゃサッパリだが、立花の身に何か起きてるって事は分かったぜ」
「こんな事も分からんのか。全く…役に立たん奴だな」
「あぁ!?てめーもういっぺん言ってみろい!俺はなぁ、今霊力が落ちてるだけなんだよ!そのうち元に戻るわい!」
「フッ…どうだかな。一生そのままかもしれんぞ」
「なぁ〜〜んだとぅお〜〜〜!!?」
「ちょっと二人共、こんなところで喧嘩しないでくださいよ」
「おい桑原。おめーちょっとやかましいぞ」
「浦飯までなんだよ!普段の俺だったらこんな変化くらいすぐ気付くに決まってんだろう!今は特別なんだよ!さっきから散々説明してるじゃねぇか!」
「わーってるよ!耳元で騒ぐな!!」
「幽助も桑原君も落ち着いて…!」
「フン…。相変わらずうるさい奴等だな」
「もとはと言えばおめーが発端だろうがこのチビィ!!」
「…なんだと!?」

 凪沙を除く四人はぎゃーすかぎゃーすかと、いつもの件をしている。そんな最中、凪沙は四人に囲まれながら自分の身体を凝視されている事にドギマギしていたのだが、皆の様子を見ているうちに少しずつ肩の力が弛緩されていった。先ほどまでの恐怖心はいつの間にか消えており、同時に安堵感もより広がって来たことから、ようやく頭が冷静になってきたのだ。
 僅か数十分前の出来事だが、飛影、幽助、蔵馬、そして桑原も妖力だの妖気だの霊力だの、さっきから聞き慣れない言葉を交わしている。それに加え、飛影が助けてくれた際に放った黒い炎や幽助の拳から放たれた幾つもの光。…あれは一体なんだったのだろう。
 まるで映画のワンシーンのような事が先ほどから立て続けに起きているのだが、これが現実だとは正直信じがたい。凪沙はこっそり自分の頬をつねってみたが、確実に痛みが走った事からようやく確信したのだった。

「…ねえ、私の身体…どこかおかしくなっちゃったの…?それに、さっきの幽助と飛影さんがやってたのは…何?」

 まさか手品とか?…なんて冗談はとても言える雰囲気ではなかった。
 現実だと頭で切り替わった瞬間、脳裏に過ったのは一抹の不安と目の前で起こった非現実的な光景だ。

 幽助、蔵馬、桑原、そして飛影の四人が視線を絡めた。
 そもそも、飛影の放った妖気が全てのタイミングだったのだ。原因は分からないが、凪沙の身体から溢れんばかりの膨大な霊力が放出されている。今は飛影のマントにより多少は抑えられているものの、足元から洩れているその霊気の量も尋常ではない。普通の人間ならばとっくに身体に異変を感じているだろう。だが凪沙は至っては特変はなく、寧ろその自覚ですらしていない。そして最も疑問だったのは、以前五人で幽助の家に集まった時はこんな力は持っていなかった。寧ろ一般的な人間と何ら変わりがなかったのだ。それなのに、何故急に霊力を持ち、甘い蜜を垂れ流すような始末になっているのだろう。
 その一方で飛影の放った妖気、幽助のショットガンは、人間である凪沙から見たら非科学的な上、まるで漫画やテレビのワンシーンに捉えられたかもしれない。いや、そもそも夥しい程の亡霊が押し寄せて襲われそうになったのだってそれに含まれる。
 さて、これらを一体どう説明すべきだろう。四人が逡巡し、尚も視線を絡ませる最中凪沙の表情は曇っていく一方だ。

「いや…凪沙、これはだな…」

 痺れを切らした幽助が気まずそうに視線を外す。だがその瞬間、幽助、蔵馬、飛影の目元が鋭くなり、視線が再び川辺へと向けられた。

「おい、なんだよ。みんなで…」

 呆気に取られた桑原を尻目に、蔵馬は更に睨みを利かせた。

「…ここにずっといるのは不味いな。凪沙ちゃんをまた狙っている」
「え!?」

 蔵馬の言葉に導かれるように凪沙もまた、川辺を一瞥した。だが先ほどの騒々しさはなく、穏やかに水が流れるせせらぎが聞こえてくるだけだ。なのに、何故狙われていると述べたのだろう。

「腐った魂が群がってやがる。川の底から気味の悪い声しか聞こえてこないぜ。…場所を変えた方が良い」

 飛影もまた、訝しんだ。

「…え?そんな声聞こえる…?私全然分からないや…」
「今は川の中で息を潜めてるからな。凪沙に聞こえねーのは当然だ。…しかし、蔵馬の言う通りだぜ。長居はしねー方が良さそうだ」
「俺もよく分からねえが…。どっか安全な場所に移動した方がいいんじゃねぇのか?」

 四人は背を向けながら凪沙を囲んだ。
 凪沙の正面は飛影の背中だった。マントの脱いだ後まじまじと見れなかったので今まで気付かなかったが、袖から覗くしっかりと鍛え上げられた腕や、細身なのに筋肉質な背中が服の上からでもすぐに分かる。他の三人に比べて幾分背の低い飛影だが、その身体つきはしっかりとした男性のものだった。

「幽助、どうする?」

 蔵馬が視線を動かし幽助を一瞥した。

「どうするっつったってよ…。学校は螢子たちがまだ残ってるし、蔵馬や桑原ん家にゃ家族がいるから迷惑になるだろう。それにばーさんの所もこっからじゃ遠いしな…」
「一つ、打って付けの場所があるだろう」

 飛影の言葉に全員が不思議そうに首を傾げた。打って付けの場所…一体どこだ?そんな疑問が過ったその瞬間、飛影は踵を返すと同時に凪沙を軽々と抱き上げた。突然横抱きにされた凪沙は声を出す暇もなく目を丸くしている。

「幽助、今から貴様の家に向かう」
「…は?」

 幽助が振り返ると、飛影は膝を曲げて跳躍する準備をしていた。蔵馬、そして桑原も同時に振り返った。

「蔵馬、幽助の家に来たら結界を張れ。つぶれ顔はせいぜい死なん程度に逃げてくることだな。…俺は先に行く」

 そう言い残すと飛影は膝を伸ばして天高く、そして素早く跳躍して姿を眩ませた。気が付けばあっという間に住宅地の屋根を伝っており、幽助のマンションがある方角へ向かっている。
 残された三人はぽかんと口を開けており、この僅か数秒間で何が起きたのか整理するので精一杯だった。無論、いち早く現実に戻ったのは蔵馬だ。

「…確かに、幽助のマンションならここから結構離れていますし、温子さん相手ならこちらも気兼ねなく結界を張れますもんね」
「いやいやいや!ちょっと待て!?あのチビ、俺にゃ悪口しか言ってねぇよな!?」
「まぁまぁ…落ち着いて…」
「これが落ち着いていられっかぁ!おい、浦飯も何か言ってやれよ!勝手におめーん家行くことになってよ!…た、確かに最適な場所だけどよ…」

 勢い溢れる桑原の言葉だったが、徐々に語尾が小さくなる。こればかりは蔵馬の見解通り、飛影が英断を下したが故何も言い返せなかったのだ。
 そして幽助はというと、顔を俯かせてわなわなと震えている。恐らく気に障ったのだろうと桑原は思い、幽助の肩に触れようとした。だが、幽助は思い切り顔を上げた。その表情と言ったら、こめかみに青筋が走って眉尻も上がっており、全身で怒りを露わにしているのが一目で分かるほどだ。

「…くっそぉおお!!飛影ばっかりオイシイ思いしやがって!許せねぇ!!おい、桑原、蔵馬!!さっさと行くぞ!!」

 …どうやら取り越し苦労だったらしい。桑原の伸ばされた手は呆気なく力を無くし、表情は怪訝に満ちた。そして蔵馬も、幽助のお門違いな怒りにぽかんとしている。
 幽助は叫ぶや否や、飛影と凪沙の後を追うべく地を蹴り出した。残された桑原と蔵馬は尚も呆気に取られていた。

「…とりあえず、俺達も行きましょうか」
「あ…あぁ。…ったく、なんなんだよアイツ等。振り回されるこっちの身にもなれっつーの…」
「まぁまぁ。今は非常事態みたいなもんですから。急ぎましょう…と、言いたいところですが、」
「あぁ?どうした…蔵馬?」
「川に潜んでいる悪霊たちには少し黙っててもらいましょうかね?」
「悪霊だぁ…?一体どこにいんだよ…?」

 桑原は再び河辺を一瞥したが、先ほどと変化は見られない。だが、蔵馬の表情からいつもの笑顔は消え、目元は再び鋭くなった。

「幽助と飛影がいなくなって、今度は俺たちをターゲットにしてるんだ。桑原君には見えないかもしれないが…少しずつまた川から這い上がって来てるよ」
「ま、まじかぁ!?」
「まぁ、一声かければすぐ黙るでしょう」
「一声って…」

 桑原が案じた瞬間、蔵馬は首根っこから一輪の薔薇を出した。それを振るうと、忽ち茨の鞭が伸びて蔵馬の身体を包むように踊っている。蔵馬は川辺に向けてその鞭を一振りすると、群がっていた亡霊達の動きは止まった。

「これ以上手を出されたくなければ、大人しく川へ帰るんだな」

 それは隣にいる桑原も背筋が凍りそうな、悍ましいほどの声色だった。亡霊達には蔵馬の冷ややかな視線が刺さり、おずおずと静かに川の中へ沈んで行った。

「これでもう大丈夫ですよ。さ、俺達も急ぎましょう」
「蔵馬。…おめーって奴は…」
「なんです?」
「…いや、なんでもねぇ」

 今の今だけは、霊力がなくて良かった。桑原は密かにそんな事を思いながら、蔵馬と共に地を蹴り出した。


 そして三人を置いて先に動き出した飛影はいうと、得意の素早い跳躍で住宅地の屋根を転々と移動していた。風を切るその浮遊感は、飛影は慣れっこであったが凪沙にとってはある意味恐怖でしかなかった。高所恐怖症ではないが、命綱もない状態で地上から数メートル離れた高さを軽々移動されるのは流石に肝が冷える。

「…っひ、飛影さん!!待って!速っ…怖ぃいい!」
「うるさい女だな。少しは黙っていられないのか」
「いやだって、こんなビル高すぎるよ!無理無理!!お、落ちる…!」
「こんなことで落ちるわけないだろう。もう少し静かにしてろ」

 それが出来たら苦労しないんですけど。その言葉は凪沙の喉の奥に呆気なく消え去った。これ以上言及したところで、この跳躍をやめるとは思えない。…とはいえ、この高さにすぐさま慣れろと言う方が余程難しい話しだ。先ほどの亡霊達も恐怖であったが、これはこれでスリリングすぎてまた違った怖さなのだ。
 当然静かになど出来ず、凪沙は飛影の耳元でぎゃーぎゃーわーわー騒ぎ続けている。次第に飛影のイライラが募りに募り、遂にこめかみに青筋が走った。

「…貴様、これ以上騒ぐと落とすぞ」
「えっ!?や、やだ…!!」
「なら、黙って目を瞑って掴まっていろ」
「は、はい…」
「…それと、」
「え?」
「その、…飛影さんってのはやめろ。気色悪くて虫唾が走るぜ」
「…わ、わかった…。じゃあ、飛影、…あの、」
「なんだ?」
「さっきみたいに、首に掴まっててもいい?」
「…好きにしろ」

 決して飛影の紅き瞳がこちらを向くことはなかったが、声色は柔らかかった。凪沙は飛影の言葉に甘え、首元に手を回し目を瞑った。身体の浮遊感からは流石に逃れられないが、過ぎ去る景色が隔たれたのと、飛影に密着したおかげで恐怖心は少しずつ薄れていった。
 …そういえば先ほども恐怖のあまり抱きついてしまったが、飛影はそれを咎めたりせずにずっと肩を抱いてくれた。助けてもらったのも勿論大きいのだが、何故だか飛影に抱かれているとどこか安心する。
 …初対面ではあんな冷たい態度を取られたのに。ついこの間まで気にしていたのがまるで嘘のようだ。…飛影もまた、幽助と同じで思っていたよりも怖い人ではないのかもしれない。
 凪沙が飛影の首根っこの襟元を掴む力が少々強まった。飛影はそれに気が付くと、先ほどと同じように肩を抱く力を強めてくれた。…やっぱり、安心する。凪沙は気付かぬうちに飛影への信頼が高まっていった。

「飛影…」
「なんだ」
「助けてくれてありがとう」
「…フン。ただの気まぐれだ」

 声色は、やはり柔らかい。言葉こそ刺々しいが、それは本心ではないのが伝わってくる。凪沙はふと顔を上げて飛影を一瞥すると、ここで初めて二人の視線が絡んだ。
 その瞬間、二人の間にこそばゆい感情と高揚感が生まれ、何故か思わず視線を逸らし口を噤んでしまう。そんな折、ようやく幽助のマンションが見えて来た。

「しっかり掴まっていろ。高く飛ぶぞ」
「う、うん」

 凪沙は再び飛影の首元に腕を回し、目を瞑った。その瞬間、飛影は中層ビルの柵から一気に高く跳躍しマンションの屋上へ着地した。そして器用に上階のベランダを素早く伝い、あっという間に幽助の部屋まで辿り着いた。
 リビングのカーテンの隙間から覗くのは、テレビを見ながら寝転がっている温子だった。飛影は凪沙を下すと、以前蔵馬に教わった通り窓を二回ほどノックした。
 音に気付いた温子はカーテンを開けると、特に驚きもせず鍵を開けた。

「あら、飛影くんじゃない。久しぶりね〜!幽助はまだ帰ってきてないわよ」
「幽助はそのうち来る」
「そうなの?…あら?後ろにいる子…この間うちでお寿司食べてった子よね?確か凪沙ちゃんだったかしら…?」
「お久しぶりです、温子さん。この間はごちそう様でした。…えっと、お邪魔します」
「はいどうぞ〜」

 飛影と凪沙を迎え入れた温子はぐんっと背伸びをする。

「ちょっとパチンコでも行ってくるわ。幽助に言っておいてちょうだい。じゃあ、ごゆっくり〜!」

 一言述べると、温子はウィンクをしてリビングを後にした。窓からそそくさと上がらせてもらったはいいものの、こんなの常識はずれで失礼極まりないお宅訪問だ。だが特に咎めたり突っ込んだりしないのは温子なりの気遣いなのか、はたまた度量の大きさなのか。…飛影がここを選んだ理由が、初めて明確になった気がする。
 それに以前と同じ場所に腰を下し瞼を閉じる飛影の様は、完全に慣れている証拠だ。凪沙は少し間を開け、その隣に腰を下した。


 それから数十分後、幽助、桑原、蔵馬が到着するのはまもなくの事だった。



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