51 因縁と宿命

「何故だあぁー!!何故死なねえんだぁあー…!?」

 魔界のとある植物、邪念樹の蔓に身体を巻かれている一人の男が狼狽している。声を上げながら、その身体は徐々に蔓に取り囲まれていった。

「…お前は、死にすら値しない」

 蔵馬が恐ろしく冷酷な表情で吐き捨てると、幽助達の元へ戻ってきた。

 桑原が凪沙を必死に呼びかけていた最中、巻原の相手は蔵馬が勝って出た。
 闘い始めると同時に蔵馬は薔薇棘鞭刃を巻原の顔を目掛けて振るい、切断面から顔を出したのは戸愚呂兄だったのだ。蔵馬曰く、巻原の身体からは戸愚呂の匂いしかしなかったらしい。
 復讐心に塗れた戸愚呂兄は、蔵馬へ飛び掛かったと同時に彼の服の裾から放たれた煙幕により視界を遮られる。
 その最中、幽助達には戸愚呂兄の悲鳴しか聞こえてこなかった。蔵馬の声や姿を捉えられず、案じた幽助はしびれを切らし煙幕の中へ向かおうとしたが、飛影に制される。と、同時に蔵馬が煙幕の陰から姿を現した。
 どうやら巻原の顔を切断した際、そこに「邪念樹」という植物の種を植えこんだらしい。死ぬことが出来ぬ戸愚呂兄は半永久的に再生を繰り返し、蔵馬の幻影と終わらない戦いを強いられたのだ。
 闘いを終えた蔵馬の心の奥深き所に慈愛と修羅が眠っていた。だが、室田の盗聴だけではそこまで気付けなかった…。樹は戦いを冷静に見ていた最中、そんな事を考えていた。

「巻原を倒したら桑原と凪沙を返すって言ったよなぁ!?まぁ、嫌だと言っても取り返すがなぁ…」
「フフ…。約束は守るさ。…と、いうより、もう守ったんだがね…」
「何ィ!?」

 先ほどまで小舟にいた桑原と凪沙は、既にそこにはいなかった。そして仙水が幽助達から数メートル離れた場所を目配せする。

「…幽助!」

 蔵馬の促しにより、そこを見やれば、口を塞がれて座っている桑原と、その隣で横たわる凪沙がいた。

「桑原!凪沙!」

 皆で駆け寄り、蔵馬は桑原の口を塞がれていた布と縄をほどき、飛影は横たわる凪沙の肩に手を回し身体を抱き上げた。

「っぷはぁ〜!!喋れないってのは死ぬより辛いモンだなぁ…」

 顔を真っ赤にして深呼吸をする桑原の顔は、ようやく安堵の色に。その一方、未だ気を失ったままの凪沙に飛影が呼びかけた。

「凪沙!しっかりしろ、凪沙!!」

 口元から流れる一筋の血が未だ残り、飛影は服の裾で拭った。力なく項垂れる腕や微かに空いた口…まじまじと見やれば、凪沙の身体に残るかすり傷や土埃で汚れた様に、飛影の心情は再び沸々と怒りの念が湧き上がってきた。

「飛影、俺もさっき何度も立花に声かけたんだけどよ…一瞬、眉が動いた気がしたんだ。でも、気のせいだったのかもしれねえ…」
「思ってるよりも傷が深いのかもしれないな…」

 蔵馬が飛影を一瞥する。それがどんな意かは飛影は瞬時に解した。本当は死んでも嫌だ、と反発したかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。不服だが、飛影は蔵馬と視線を交わした。
 飛影の意を汲んだ蔵馬は凪沙の衣服を捲り、腹部の傷を確認する。そこには目を逸らしたくなるような大きな痣が残っていた。いくら幻海の元で修行を積んだとは言えども、力の格差が大きな少女にここまでの傷を負わせるとは。蔵馬もまた、眉間に皺が寄り感情が高ぶりそうであったが、どうにか耐え、所持している植物で治療を始めた。…その瞬間。

「…蔵馬!」

 異変に気が付いた飛影が声を上げる。すると、一行が飛影の目線を追った僅かな間に、大きな影が迫ってきた。そして一行の足元には大きな唇、前方数メートル先には、ぎょろりとした大きな目玉が突如現れた。

「なんだ、これは!!?」

 幽助が驚愕した声を上げた瞬間、樹の口角が静かに上がる。その刹那、足元にあった口が大きく開き、一行は空間の中に急降下していった。
 無論、力なくした凪沙の身体は重力に応じるがまま、落下してゆく。咄嗟の事だったので手を離してしまった飛影は焦り、必死に手を伸ばした。

「なっ…!?」

 だが、凪沙と幽助の身体だけが空間の裂け目に一瞬で捕らわれ、姿を消してしまった。伸ばされた飛影の手はあと僅かといったところで凪沙の指先を掴めず、宙を掴んでしまう。
 そして先ほど食べられた口元から幽助、凪沙の身体だけが再び地上へと吐き戻された。幽助の身体は洞窟入口付近、そして凪沙の身体は湖の付近に落とされた。

 その一方、飛影、蔵馬、桑原、御手洗だけが残され、そのまま落下していくと、とある空間に辿り着いた。そこは薄暗く不気味な雰囲気をしており、周囲には瓦礫の破片や人骨が浮遊している。まるで宇宙の墓場のような場所であった。

「ここは一体どこなんだ…!?」
「ここは…亜空間だ…」
「亜空間!?」

 御手洗の問いに蔵馬が答え、桑原が声を上げた。

「…どうやら俺たちは裏男に食われたらしい」
「裏男!?なんだ、そりゃあ…!?」
「次元の狭間で生きる平面妖怪だ」
「…偶然とは思えない。誰かに飼いならされているんじゃ…」

 冷静に飛影と蔵馬が状況を分析している中、樹が煌々とする光と共に静かに姿を現した。

「樹…!」
「お前も妖怪か…!?」
「俺は…闇撫の樹…」

 にやり、と口角を上げた樹。その不敵な笑みはどこか余裕を感じるのは気のせいではあるまい。一体今度は何を企んで…と、蔵馬と飛影の表情が怪訝する。

「なんだか知らねえが、コイツは俺にやらせろォ!でなきゃ、気が済まねえ…!」

 こめかみに青筋が出来た桑原の眉がピクピクと上がっている。だが、その様を嘲笑する樹は掌で桑原を制した。

「逸るな。お前たちと戦う気はない」
「なんだとぉ!?じゃあ、何で俺たちをこんなところに連れてきたんだ!?」
「仙水と浦飯の闘いを見守ってほしい」
「あぁ…!?」
「立場は違えど、一人の男に惹かれ行動を共にしてきた…。違うかね?彼らの闘いを見守ることは、我々の義務なのだ…」
「そんじゃ教えてもらいたいもんだな。あの仙水のどこが気に入ったのかをよ!?」
「…全てさ。彼の強さ、弱さ、純粋さ、悲しさ、あいつの人間臭さ、全てに惹かれていった。…時限爆弾と恋人をいっぺんに手に入れられたような、そんな気分だったよ」

 愁いを帯びた瞳で話す樹だったが、頬は緩んでいた。仙水が汚れ朽ちてゆく様を間近で見てきたのが、たまらなく快感だったのだろう。
 仙水にも、樹にも、一行は到底共感は出来なかった。

「…本来ならば今すぐにでも、お前をここで殺したい…!」

 苦虫を噛み潰したような表情で蔵馬は呟く。そして蔵馬の意図を汲んだ樹は嘲笑したまま続けた。

「懸命な君ならそれが出来ない事に気付いているはずだ…。俺を殺せば一生裏男の腹から出られない。そして補足しておくが、あの凪沙という少女を捉えたのも、俺の意志でなく仙水だ。何の目的で捉えたかは、俺も知らない。彼が言うには、ちょっとしたパフォーマンスで、という事だけだ」

 口角を上げたまま話す樹だったが、恐らく仙水の意図は当に理解している。こんな状況だからこそ、樹の言葉に一行は気付いてしまった。
 仙水の凪沙に対する扱い、そしてこの状況の最中、もし凪沙の身体が人魚と化したら。…彼女の血肉を利用し妖怪達を狂暴化させ、一気に人間界を破滅の道へ歩ませるための逸材にするつもりなのだろう。

「忌々しい限りだ…!!」

 次いで飛影も、絞り出すような声で呟いた。空間の亀裂に凪沙の身体が奪われ、宙を掴んだあの感覚は悔しさと後悔で混同した。
 …こちらの逃げ場はもうない。且つ、凪沙に迫る危険を回避する術も、だ。
 全てが絶望的だった。
 そして亜空間に窓のような物が突如浮上した。そこから見えたのは、対峙する仙水と幽助、そして湖の近くで横たわる凪沙だった。



次へ進む


戻る












×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -