45 晴らされた迷い

家を飛び出した幽助と桑原はマンションの駐車場へ出た。するとそこには先ほどビルの屋上にいた仙水が既におり、二人は対峙する。
幽助が睨みを効かせる中、仙水は口角を上げながらピースサインを見せた。何を意味しての暗示なのか分からず、幽助と桑原が頭上に疑問符を上げていると。

「…あと二日だ。穴が広がり切るまではな」
「なっ…あと二日!?一週間くらいかかるんじゃなかったのか!?」
「それくらい、穴の広がるスピードが早まっているという事だ」
「くっそ…!」

予想以上に深刻な事態だ。幽助の眉間には益々皺が寄る。刻一刻と、人間界に危険が迫っている。
そこへ幽助、桑原を追ってきた蔵馬、幻海、コエンマ、そして凪沙が到着した。

「…仙水!!」
「…しばらく、だな」
「ワシに挨拶できた義理か…!?」

コエンマと仙水の視線が絡む。こんな形で再会を果たすとは思いもしなかったコエンマもまた、鋭い目つきになる。
その一方、仙水はコエンマの傍らで身体を震わす少女――凪沙へと視線を向けた。

「…やぁ、はじめまして。立花凪沙ちゃん?」
「――ッ!!」
「くっくっく…そんなに怯えるな」

咄嗟にコエンマの背に周り、凪沙は身を隠した。仙水の舐めるような視線、そしてあの笑顔、玩具を見つけたような高揚した声色。全てに恐怖心が煽られる。
凪沙を除く皆の鋭い視線が仙水を捉えた。…そんな折。

「…あっ!!…ゆ、幽助…!」

買い物を終えた螢子が駆けて戻ってきた。そしてただならぬ雰囲気を察したのか、螢子の額から冷や汗が一筋流れる。

「…螢子、凪沙と一緒に下がってろ」

幽助に促され、螢子と凪沙は近くのビルの陰に身を潜めた。
少しでも声が漏れたら、矛先がこちらへ向けられる。生と死が隣り合わせになっているような、そんな緊迫した空気が辺りを包んだ。

幽助がコエンマや蔵馬とのやりとりをしている最中、凪沙の震えは止まらずにいた。それに気付いた螢子が、凪沙の手を取り、そっと己の掌で包んだ。

「…大丈夫?」
「…っ!!」

凪沙にだけ聞こえるような声量で螢子は尋ねた。
手元からじんわりと、温かいぬくもりが伝わる。指先まで冷え切った己の手は螢子の庇護心で徐々に熱を取り戻してきた。
そして螢子は片方の手を凪沙の背に回し、そっと撫でた。

「…怖いのよね?でも、幽助がきっとなんとかしてくれる。今までの闘いだって、そうだったもの」

螢子の言葉には、重みがあった。それは、今まで幽助や他のみんなが闘ってきた様子をずっと見守ってきたからこそ言える言葉だったのだ。目の当たりにする戦闘、そして危惧していた己の命が狙われる危機感…すべてが初めての経験となる凪沙の恐怖心は、きっと計り知れないものだろう。

「…凪沙には、飛影くんがついているでしょう?守ってもらえてるはずよ、だから大丈夫」

凪沙の心情を汲んだ螢子から伝わる言葉やぬくもり、そして飛影からのお守りが脳裏に過ると、凪沙の緊張は徐々に解れた。

「…うん、そうだよね」
「そうよ。私だって凪沙に危険が迫ったら、奴らを殴り返してやるんだから」

ぺろ、と舌を出し、冗談でもそんな言葉を掛けてくれる螢子には頭が上がらない。凪沙の口角が少々上がり、恐怖に塗れた心はようやく安堵に浸かった――その瞬間。

「裂蹴紅球派!!」

仙水の声と同時に、凪沙と螢子はビルの壁から顔を出した。
霊気の塊が仙水によって蹴られ、明後日の方向に飛んで行く。幽助や他の者もその意図が読めずそれを目で追っていると、塊は突然軌道を変えた。そして塊は勢いよくある建物へと突っ込んでゆく――そこは幽助のマンションで、御手洗が居る部屋を目掛けていた。
次いで、大きな爆発音と地響きで、凪沙と螢子は思わず目を伏せた。

「――!!あれは、幽助のマンションの辺りだ!」
「最初からワシたちを狙っていたわけじゃなかったのか…!?」

コエンマと蔵馬が声を上げる。仙水の読みを見破れず、拳を作る最中、桑原もまた声を上げた。

「しまった!あそこには…御手洗やぼたん、それに姉ちゃんが…!」

桑原がマンションへ向かい駆けだそうとすると、幽助は上空からの気配に気付いた。

「――桑原!上だ!!」

幽助の咄嗟の判断により、間一髪桑原は仙水の足技を回避した。

「ばあさん、コエンマ!御手洗達を頼む!俺は…奴を倒す!!」
「ほう…俺を倒す?冗談にしては笑えんな」
「おうよ…大真面目だからな!!」

仙水に向かい駆けだした幽助はフェイントを掛け、攻撃のタイミングを伺う。無論、仙水もその意図に気付き、その一方で幽助の動きを避けながらもチャンスを図っていた。
そして幽助が拳を作り仙水の顔面を目掛け、パンチを放ったその刹那。仙水の目がぎろりと光り、それを捉えた。放たれた幽助の拳は仙水によってかわし払われ、彼の腹部には蹴りが入った。
攻撃をモロに喰らった幽助の身体は地面に打ち付けられ、唸り声が漏れる。

「半端な動きだ…基本から勉強し直した方がいい…」
「(くっそ…奴の足をなんとかしねえと…!)」

身体を起こす最中幽助が思案していると、仙水は挑発するようにやりと笑い、そして街中へ駆けだした。


遠巻きで見守っていた螢子、凪沙は事が落ちついた頃を見計らい、視線を絡ませた。言葉を交わさずとも、意思疎通は出来た。向かうは、幽助のマンションだ。
二人が周りに警戒しながら走っていくと、じきにマンションの入り口に辿り着いた。すると二人は思わず足を止め、螢子は言葉を失い、凪沙は叫んだ。

「――ッ!!」
「静流さんっっ!!」

そこには肩から血を流し、怪我を負っていた静流が壁を伝いながら階段を降りて来ていたのだ。
二人に気付いた静流は顔を上げ、安堵したのか苦痛で顔を歪ませながらも頬を緩ませた。


「良かった…螢子ちゃん、凪沙ちゃん、無事で…」
「静流さん、怪我をしてるの!?」
「大丈夫さ…それよりも、幽助くんに伝えて欲しいことがあって…っ痛…!」

痛みが走ったのか、再び静流の表情が歪む。螢子と凪沙は階段へ座るよう促した。

「静流さん、大丈夫!?…血が…!!」
「螢子、離れて!」
「え?」
「静流さんの怪我を治す…!」

先ほどまで抱いていた恐怖心はどこかへ消えた。寧ろ、それを上回るほどの怒りが、悲しみが凪沙を襲った。自分だけを狙うだけならまだしも、静流や御手洗までも…もはや誰彼関係なく危険を襲わせようとする仙水の魂胆に、沸々と怒りが込み上げてきたのだ。
先ほど御手洗にもやった時と同じように、凪沙は静流の傷口に掌を翳し、そして目を伏せた。
痛みを取り除きたい。心に負った傷に癒しを与えたい。そして、守りたい。
それだけを念じ、身体中の霊気を掌へ送り、そして施しとして放つ―――意識を集中させた。すると、ぽわんとした優しい橙色の光が徐々に凪沙の掌から漏れ始めてきた。
螢子や静流は、凪沙が先ほど心霊医療術を失敗しているのを目の当たりにしているからこそ、その様に目を丸くさせ、釘付けになった。

「…すごい…凪沙…!」

思わず螢子から歓喜の声が漏れる。静流も凪沙の強い意思が伝わったのか、その様子を静かに見守っていた。先ほどとは比べ物にならないほどの集中力と力の放出…仙水との接触で、凪沙に変化が生じているのは目に見えて分かった。

しばらくの間、優しい光が放たれると静流の負った傷口は徐々に塞がっていった。

「…これでもう大丈夫だと思います」

ふぅ、と嘆息をつく凪沙が微笑んだ。静流は治療された肩を動かすと驚愕し、表情は晴れた。

「…痛みがほとんどなくなったよ!ありがとう凪沙ちゃん」
「すごいじゃない、凪沙!急成長よ!?」

螢子が手を取り喜んでくれる。凪沙もまさか本当に成功するとは思っていなかったようで、素直に喜びを噛みしめた。

「凪沙ちゃんのおかげで楽になったよ」
「いえ、痛みが除けて良かったです。…それで、幽助に伝えたい事って…?」
「さっき、御手洗君から聞いたの。奴らは、和真の力を狙ってるんだよ…!私も後から追いかけるから、早くこのことを…!」
「桑ちゃんが…!分かりました、伝えてきます。螢子は静流さんと一緒にここで待ってて?」
「え、でも…!凪沙…!」
「大丈夫!今治癒術も使えたのが分かったし、…危険が迫ればとにかく逃げるよ。伊達におばあちゃんと山奥で修行してないから!…だから、大丈夫。螢子は静流さんといて?お願い」
「…うん。…でも、絶対無理しないでね?」
「当たり前でしょう?まだコンビニの新作スイーツ、奢ってもらってないんだから!」
「…!!そうね、そうだったわね」

にかっといつもの笑顔が凪沙に戻った。どうやら彼女の中で吹っ切れたらしい。それが十分伝わった螢子と静流は階段に腰を掛けたまま、幽助の元へ駆ける凪沙の背を見送った。

「…凪沙ちゃん、一皮剥けたわね」
「えぇ。…でも、本当に大丈夫かしら」
「…信じるしかないよ」

螢子と静流は凪沙の無事を願い続けた。



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