クリスマスマジック


 12月中旬。しんしんと静かに雪が降り始め、寒さも徐々に厳しくなってきた頃。首回りの冷えから逃れるよう、数年前に購入した紺のマフラー。意外と人気商品だったようで、発売されて数年経った今でも同じシリーズの物が店頭に並んでいる。

 学校の帰り道、ふとそれが目に留まった名前は呟いた。

「私も蔵馬と同じやつ欲しいな…」
「今使ってるやつがあるじゃないか」
「違うよ!…お揃いの物つければ、恋人同士って分かるでしょう?」
「…なるほどね」


 告白したのは、俺からだった。

 快く返事をくれたはいいものの、その代償に彼女は周りの女子からの反感を買われることが多くなってしまった。所謂、ファンクラブ…とかいうやつだ。正直俺にとっては何の興味もないが、名前と付き合いだしてから彼女達の嫉妬の矛先が定まってしまった。

 廊下ですれ違う度に「釣り合ってない」だの、「みんなの南野君を奪った」だの、当てつけもいい所だと言いたくなるような嫌味。
 だが、それに尻尾を巻いて逃げようとしない負けん気は、彼女の魅力のひとつだ。…まぁ、妖怪相手に戦いを共にしてきた彼女から見れば人間の女の嫉妬なんて、可愛いものだと思っているのかもしれないが。
 その嫉妬を無視すればエスカレートをし、相手にすればそれもまた面白くないようで集団リンチのような事をしかけてくるし、名前自身いい加減しびれを切らしていた。
 そんな折だ。世間が徐々にクリスマスムードを出し始めてきたのは。この機をチャンスに、どうにか彼女達を黙らせたいと発案したのが、お揃いのマフラー作戦。

「もう敢えて見せつけてやろうかな。クリスマス終われば冬休みだし、しばらくは落ち着いて過ごせるでしょう?」
「相変わらず強気だな、名前は」
「どこぞの馬の骨に蔵馬を横取りされるくらいなら、これくらい平気だよ。あーあ、女の嫉妬は醜いねえ」

 にひひっと笑う名前に勝てる女など、いるのだろうか。
 こうして素直に自分の気持ちを伝えてくれる名前に、何度も救われてきた。純粋に俺を想ってくれるその姿勢が嬉しくてたまらない。
 …ならば、俺が彼女の願いを叶えてやろうじゃないか。



***



 クリスマスイブ当日。今日は終業式とホームルームのみなので午前上がりだ。おまけに最大の難関だった期末テストも終わった直後だったので、日頃の鬱憤もこのクリスマス特有のムードにあやかって発散ならぬ羽伸ばしに絶好の機会だった。
 ホームルームが終わり、担任が教室を後にするとクラスの連中は「カラオケでクリパやろうぜ!」と意気込み、数人の男女が盛り上がっている。その中の女生徒から、声が掛けられた。

「ねえ、南野君も一緒に行かない?人数多い方が楽しいし、たまには息抜きしましょう?」
「…いや、俺は、」
「そうよ!…あ、それとも先約が…?」

 嫌らしく口角を上げ、視線は友人と談笑している名前へと向けられた。…わざとらしい仕草に悪気しか感じられない。人間の女の醜さが垣間見えた。
 名前が零していた女の嫉妬は、確かに嫌悪しかないようだ。今まで彼女自身が自分でどうにかする、と決めていたので敢えて口出しはしなかった。だが、今回のような事が再び起き、毎度うんざりするのも御免な上、正直付き合っていられなかった。
 …と、なれば。今こそあの作戦を実行する最大のチャンスなのでは、と蔵馬は閃いた。

「…悪いけど、ご名答。今日は先約があるんだ」
「えぇー?もしかして名前ちゃん?」
「勿論」
「ねぇ、南野君。悪いこと言わないから、…名前ちゃん以外の女子だって可愛い子、いっぱいいるでしょう?どうしてあの子を…」
「俺が誰を選ぼうと、君たちには関係ないでしょう?」

 にこり、と笑うその表情の裏に、とてつもない黒い影が見えるのは、気のせいではない。蔵馬を取り巻く女生徒は、“南野君らしからぬ”その雰囲気に身を震わせた。
そして有無をも言わせず彼女達から目を逸らし、

「名前、ちょっとこっちに来てくれる?」

 蔵馬の声は教室中に聞こえ、一瞬静まった。「南野が名前を呼んでいる…?」異例の事態にクラスメイトはざわつく。
 一方、当の名前も蔵馬らしくないその様子に怪訝そうにしている。クラスメイトの視線が集中するが、ここで彼を無視などすれば後が怖いので、仕方なく席を立った。
 周りの視線が痛い中、蔵馬の席まで来た。隣にいる女生徒を一瞥した後名前は静かに口を開いた。

「…なに?秀一」
「今日、クリスマスイブだろう?だからプレゼントを渡そうと思って」
「…は?え?」

 何で、今?
 そんな疑問が彼女の表情で読み取れる。だが、蔵馬は敢えて“今”を選んだのだ。

 事前に用意しておいた紙袋からとある物を取り出し、そして名前の首にかけてやった。
 それは名前が以前欲しいと言っていた、蔵馬とお揃いのブランドのマフラーだった。蔵馬のは紺だが、名前の首にかかったのは女性らしい淡いピンク色のものだ。
 突然の事に驚愕が隠せないのか、名前の目は丸くなり、ますます状況が理解出来ないといった表情になる。
無論、それは名前だけでなく、周りのクラスメイトも同じだった。

「メリークリスマス、名前。そしてこれからもよろしく」
「え、待って、どういう…っ!!」

 名前の首にかけられたマフラーが前方へ引っ張られる。そして唇にあたる柔らかな感触と、視界全体に広がる蔵馬の端正な顔立ち。閉じられた瞼からは長い睫毛が見え、更に目を丸くした名前は状況がまるで解せなかった。

「嫌――!!南野君、どうして!!?」
「南野ー!!お前も男だったんだな!やるじゃねえか!!」

 同時に、甲高い声と雄叫びがクラス中に響き渡った。
 周囲にいる女生徒から上がるのはもはや悲鳴と化し、男子生徒からは煽るような言葉が飛んでくる。

 完全に注目の的だ。名前は余りの恥ずかしさに耐えきれず蔵馬の胸を数回叩いた。そしてようやく唇が離され、ゆっくり瞼を上げる蔵馬は満足そうに微笑む。
 そして名前の肩を抱いた。

「…じゃあ俺たちはこれで。みんな、クリスマス楽しんでね」

 蔵馬は二人分の鞄と上着を手にし、颯爽と教室を後にした。取り残されたクラスメイトは唖然とするが、我に帰った一人の女子生徒が途端に声を上げた。

「〜南野君っ!!なんで…っ!!悔しい…!!」
「…おい、もう南野の事追いかけるのやめろよなあ。俺等だって名字さん追いかけるのようやく諦めたってのに…」
「よく言うわよ!!もっとやれだの散々騒いでたくせに!!」
「ばっ…あれはなあ!名字さんのキス顔がえっろいからもっと見たくて…」
「もうっ!本当男子ってバカ!!!」

 名の知れる進学校らしからぬ、風紀の乱れ。その騒動は他クラスまで届き、噂を小耳に挟んだ海藤が「どうせ南野の虫よけだろう」と一人納得していたのはまた別の話しだったりする。

 そして颯爽と教室を後にした蔵馬と名前は、煌びやかなクリスマスツリーが佇む駅前の広場に来ていた。蔵馬に腕を引かれ、彼のペースで歩いてきたものだから息も上がり、冷えた空気が名前の肺を痛みつけた。
そしてちょうどツリーを下から一望できる位置にあるベンチに腰掛けると、名前は待ってましたと言わんばかりに声を上げた。

「ちょっと!!どういうつもりだったの!?なんでみんなの前で…!」
「あれ、嫌でした?」
「嫌に決まってるでしょう!!とんだ恥さらしじゃん!!…もうっ、学校行けない…」
「明日から冬休みだしちょうど良かったじゃないですか。それに、あれだけやれば年明けの学校は俺たちの噂で持ちきりですよ」
「…もしかして、それが狙い?」
「ご名答。だって名前が望んでたんでしょう?」
「…それはそうだけど。もっとタイミングとか時間とか、その、色々…」
「あ、じゃあもっかいキスする?」
「え!!?」

 ずい、と顔を近付ける蔵馬に名前は一瞬たじろいだ。この男の事だ、冗談のつもりで案外本気でやってくるに違いない。だが、いくら何でもこんなところで…と、名前が返答に困惑していると。

「ふふっ。冗談ですよ。全く、名前は可愛いなぁ」
「…っ蔵馬!!!」
「ごめんごめん。…俺だって、好きな子はいじめたくなるんですよ?」
「…じゃあ、スタバの新作奢ってくれたら許す」
「お安い御用で。お姫様?」
「やめてよその姫扱い!!恥ずかしくて死ぬ!!」
「え〜いいじゃないですか。こんな日、だからですよ?」

 クリスマスムードに呑まれ、いつも以上に楽しそうにちょっかいをかける蔵馬に、名前は溜息が漏れた。
 眉を下げ、上目遣いでそう伝えるこの男に、きっとこれからもずっと翻弄され続けるのだろう。

 昼食を済ませ、約束通りスタバの新作を堪能しながら駅前をブラついていると、じきに日が暮れ始め、イルミネーションが点灯された。そして上空からは白き雪がちらほらと降り注いでいる。吐息も白く染まり、冷えも深くなった。
 鼻の頭を赤くし、クリスマスツリーを見上げたその向こうに散る雪をまじまじと見つめる名前。繋いでいた手をそっと自身のコートのポケットに入れると、それに気づいた名前は蔵馬を見上げた。

「…メリークリスマス。名前」

 蔵馬は耳元で優しく囁き、そして唇を軽く落とした。…さすがに叱られるかな、なんて一抹の不安を抱えたのだが。

「…好きだよ、蔵馬」

 マフラーに顔を埋め、恥ずかしそうに伝える名前を見ると、そんな不安は瞬く間に払拭され、全て満たされた気になった。

 …聖なる夜に君と過ごせて良かった。
 来年も再来年も、またこの景色を見に来よう。お互い、このマフラーを巻いて。







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