ツインテール記念日


※男の娘ネタなので苦手な方はご注意ください。




「で…出来た〜!!可愛い〜〜!!!」

 瞳を潤ませる名前は満面の笑みだった。その嬉しさは最上級であり、まるで周りを照らすような、煌々とした光を輝かせているように見えなくもない。名前の天衣無縫な姿は見ているこちらも嬉しくなるし、欲を言えばこの眩しくも愛らしい笑顔を生涯かけて愛しみたいという願いだってある。そこに異論はない。問題は、鏡に映っている自分の姿だ。彼女が大喜びしている雰囲気にあやかったような、皮肉にも華やかしさが溢れているのは否が応でも分かる。だがしかし、ここで忘れてはならない大事なことがあった。
 俺は男だ。

「…満足、しました?」

 蔵馬は眉間に皺を寄せながらも、精一杯口角を上げた。…いや、上げるように努めたのだ。彼女を気遣う反面、どうしても心の内を隠し通せない。無理やり引き上げた口角が微動しているのが何よりの証拠だ。
 これでも本当に気は使ったつもりだ。あまりにもげんなりすると、この笑顔を曇らせてしまうのではないかと彼なりに懸念した結果である。
 名前は普段から手先の不器用さに悩み、自分の髪をコテで巻いたり簡単なヘアアレンジですら億劫になると呟いていた。
「蔵馬はなんでも出来ていいな。羨ましいよ」
 そんなこと、自分ではあまり自覚ないんだけどな。蔵馬は彼女の呟きを聞くたびにそう思っており、こんな些細なやり取りでさえも記憶に新しい。しかし毎度羨望するくらいなら、練習してみてはどうだろうか。物は試しでそんな発言をしたが最後、名前の目が炯々としたのが運の尽きだった。

「いや〜やっぱり思った通りだった。蔵馬の髪って一見癖が強そうに見えるけど、案外扱いやすいんだね!後ろの髪もサラサラでいいな〜!」
「それはどうも…」

 いや、確かに練習したらどうだろうとは言った。それは間違いない。だが「俺の髪を使っていいよ」なんて発言は一切していない。それも間違いないのだ。
 百歩譲って練習したとして、人の髪と自分の髪を扱うのには大きな違いがあるのは認める。名前なりに後頭部のヘアアレンジが仕上がる過程を見たかったのかもしれないし、コテの温度設定でどう巻き方に影響があるのか知りたかったのかもしれない。兎に角、彼女が自ら「やってみたい!」という意欲を否定したくなかったし、どうせやるなら応援した方がより前向きになれるだろうと勿論思った。
 …それなのに。

「あのさ…今更なんだけど、なんでツインテールにしたの?」

 蔵馬はこめかみの青筋が徐々に増えていくことを自覚しつつも、名前に聞いた。先ほどまでヒクついてた口角は既に悟りの境地に辿り着いたのか、見事に穏やかだ。しかし彼女は蔵馬の表情には気付かず、背を向けている。「え〜、だってさ〜」名前は鞄の中をガサゴソしながら気軽な口調で続けた。

「この間、桑ちゃん家にお邪魔した時に静流さんから教えてもらったんだよね。2月2日はツインテールの日だよって」
「なんですかその情報…」
「雪菜ちゃん、人間界に来てから日が浅いでしょう?桑原家ではこまめに人間界のイベント的なものを教えてるんだって。そしたら雪菜ちゃんが“私もやってみたいです“って嬉しそうに話してたの」
「ふうん…」

 まぁ、ここまでは想像の範疇だ。
 蔵馬の脳裏には雪菜のツインテールを想像して一人で照れている桑原が浮かんだ。

「そしたら静流さんがやってあげるよって言ったんだけどさ。私もヘアアレンジ練習してみたいって話したら、幽助が背中押してくれたの。どうせなら蔵馬で練習してみたらどうだ?って!」
「…へぇ」

 なるほど。全貌が明らかになったような気がした。甘言で誘った黒幕は案外近くにいたんだな。
 蔵馬はいつの間にか、結び目に飾られている薔薇の花を指先で整えていた。優しげな淡いピンク色の花びらと茎をイメージしたであろうリボンが、己の赤髪に恐ろしいほどに馴染んでいる。おまけにアレンジ前の入念なヘアーケアの甲斐もあって、普段よりも髪に艶が生まれて綺麗にまとまっていた。指通りも悪くない。毛先の巻き具合だっていい塩梅なのではないだろうか。
 これはひょっとして、自惚れても悪くないのでは。仕上がりを確認すればするほど、名前は自分で思っているほど不器用ではないのかもしれない。
 きっと静流の教えに忠実に従った結果だろう。そう考えると、多少は良心を呵責する必要はなくなる。先ほどまでの本音はどこへやら、蔵馬はまじまじと己の姿を映す鏡をじっくりと見つめた。
 しかし、ふいに背後に映った名前を見て蔵馬は我に帰った。頭よりも身体が反応したのだ。咄嗟に振り返り名前の手を取ると、彼女は呆気に取られてぽかんとしている。手にはスマートフォンを持っていた。
 このわずか数秒の間に、蔵馬の良心は一瞬にして崩れ落ち、完全に目が据わった。

「…何、してるの?」
「えっ…頼まれた写真を…」
「写真、どうするつもりですか?」
「…ゆ、幽助に…送ろうと…」
「へぇ」

 殺気と威圧感が混沌とした蔵馬の笑顔。名前はそれを目の当たりにした瞬間、脳がとんでもない警鐘を鳴らしていることを自覚した。
 あ、マズい。やばいやつだ。
 浮足を立てていられたのも束の間、次の瞬間にはスマートフォンが床に落ちる音と共に視界がぐるりと反転した。
 見慣れた天井と、ふわりと香る薔薇の匂い、衝撃を呑みこむ寝具の柔らかさ。普段なら、蔵馬はこのまま艶めかしい視線と共に口付けや肌を撫ぜてくれて、深い愛を与えてくれるのに。
 しかし今はどうだろう。視界を埋めるのは女性顔負けの可愛らしいツインテールで、その姿にそぐわない冷徹な表情で己を見下ろす蔵馬だった。しかもいつもの笑顔ではない。慎ましさの中に殺気が隠れているような、黒い影のある笑顔だった。
 いつもの甘美な雰囲気?それは夢物語だ。ゾクリと背筋が粟立つのが何よりの証拠である。

「今度は俺のお願い、聞いてもらってもいい?」

 蔵馬は名前の耳元で静かに囁いた。左右に結われている髪の毛の、毛先が名前の首もとに触れた。くすぐったいような、しかし滑るような毛先の動きは、絶対にわざとだ。

「ひっぁ…!」

 耳元に蔵馬の吐息がかかった瞬間、身体は正直に反応してしまった。不意に漏れた艶のある高い声、腰が浮くような感度。そこに拍車をかけるように、蔵馬は細い指先で名前の唇や顎のラインを伝い始めた。「ねぇ、聞いてる?」トドメを差すような甘い誘惑が再び耳元に訪れる。
 この有無をも言わさぬ威圧感。答えはYES以外、認められないだろう。

「は…はい…。な、なんでしょうか…」

 名前は苦し紛れにどうにか答えると、ここでようやく蔵馬と視線が絡んだ。彼の瞳には既に寛容さは一切感じられず、獲物に食いついた猟犬の如く荒々しい色をしている。
 名前の輝かしい笑顔は徐々に消え、ついには諦念を感じさせる表情になった。それを見た蔵馬は満足げに、口角にゆるりと弧を描く。

「可愛い男の娘に犯されるのって、どんな気分か教えて欲しいです」

 名前の返答を待つ前に、蔵馬は己の唇を彼女のものと重ねた。それもいつもの、愛を確かめ合うような優しさや奥ゆかしさを感じさせるものではなく、荒々しく貪るような口づけであった。名前が現状を理解する前の、僅かな隙を見て蔵馬は舌を絡めてきた。縦横無尽に激しく動き回る舌に、名前は逃げようと顔を背けようとする。しかし蔵馬は先見しており、名前の頬に右手を添え、片や左手は彼女の両手を拘束して頭上に上げた。

「んっ…はぁっ…ぁ…っ!」

 蔵馬が口づける度に名前が甘い声を漏らす。

「もうくたばってるんですか?…今度は俺のお願いごとを聞く番でしょう?」

 再び耳元で囁かれる悪魔の甘言。名前は完全に“女”としての反応が身体に出ているさ中、視界に映る美少女が耳心地の良い低音な美声で語りかけてくる現状に危うく混乱しそうになった。
 もう、色々とわけがわからない。
 名前の頭上に多くの疑問符が上がる中、蔵馬はおかまいなしに彼女の首元へと顔をうずめた。

 幽助、これが世間でいう脳内バグってやつだよ。
 名前は厳しくも甘い仕打ちを受けながら、そもそもの元凶となった某友人への恨みやら虚脱した思いやらで、苦い顔をした。


 後日、幽助の元に得体の知れぬ魔界の植物が届いたのは、また別のお話し。







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