貴方の温度に混じって溶けて。


今日の最高気温、37度。
体感温度はもっとで、熱中症アラートなんて新しい用語が出たりして。
毎年暑い、暑いと言っているのだが今年は特に…
叫びたい程に暑い。


毎日当たり前の様に続く暑さに、名前は空を見上げて目を細める。
まだ、そうまだ気温は低いと。

「名前はもうな、色々とスゲーだ。
オラ思うけど魔忍になれるんじゃねぇか?」
「私も思う…
が、魔忍とは感心しないな」
「なんだ?鈴木…バカにすんなって...
なあ...凍矢もそう思うだろ?」
「………」

この異常な暑さに世間の人間は参っていると聞くが、呪氷使いにとってみてもそれは(多分)辛い訳で。
無言のまま走る凍矢を見てから目の前の道を見た。

トースターの様な道の先にあった小さい背中は見えなくなっていて。
さっきまで先頭を走っていた名前の姿はない。

「あの幽助でさえ、名前の体力には勝てないって言ってた位だからな…」
「知力的にならば分かるが体力までとは…
確かに…短く端折ってスーパーハイパースペシャルウーマンだ」
「端折ってないだろ…
名前に変な呼び名を付けるな」
「いや、知力的にっておめぇ言い過ぎだべ
凍矢も...幽助に対してはフォローねぇんか。」

やっと言葉を発した凍矢に陣が続く、暑くなければきっとって言い聞かせて。
名前は今は亡き幻海の遠い親戚らしい。 
以前魔界トーナメントの前にここに来てS級妖怪になる為修行をした場所である。

名前との出会いはその時。
幽助とも面識があり、蔵馬とは同期だった彼女はこの近くの高校陸上部にいたらしい。

寺の中、家事もなにもこなし明るく元気で。
笑うと特に...

「さっきから気持ち悪い笑いしてんな、鈴木」
「地味にひどいだろう。
お前もでは無いか陣」
「オラはオメェ程じゃねえべ
目つきも変だっちゃ流石いやらしい鈴木」
「美しいだ!」
「お前らさっきから暑苦しい…」

そう言うと凍矢は速度を早めて走っていく、負けじと陣が続き鈴木も全速力で追いかけた。

最後鈴木が着いた頃、凍矢は息切れはしてないものの…
顔色に無理が見えて陣はと言うと縁側で仰向けに寝ていた。
そんな中首にタオルをかけ最初に着いたらしい名前が駆け寄りペットボトルをさしだしてくれたのだった。
笑顔で、もう本当に曇りもない笑顔。

なんて爽やか…
これで本当に人で女の子なのだろうか。

『おかえり、鈴木…はいコレ。
ちゃんと水分取らないとダメだよ』
「うむ、ありがとう名前…」
「名前は相変わらずスゲーな、オラまだ息切れしてるだ」

陣が起き上がり、ペットボトルの中身をゴクゴクと音をさせながら飲み干した。
そんな陣に十代の頃からずっと走ってるからね≠ニはにかんだ。

「はあ、俺腹減っただ、名前」
『わっと、陣…ちょっと暑い、かな?』
「こら、陣!名前が嫌がってるではないか離れろ」
「嫌だべ。」
「離れ、ぐうぅ…
では私も」

名前の背に額を預けた陣を見て鈴木は後ろから名前の腰に抱きついて剥がし、それに対して陣は腕をつかんで引き寄せる。

『うわ、鈴木。
って、陣も腕引っ張らないで』
「「離れるのはそっち」だべ」
(仲良く…ハモってるし)
『そ、そう。ちょ、とにかく二人とも離れて…』

何かとこの四人纏まってるとも言えるが…
この場合は別。

いつもの事ではあるが…気温を考えて欲しい(名前も話が少しズレてる)

「おい!貴様ら邪魔だ。
どけ。」

そんな中、死々若丸が現れてやっと二人は離れた。

『死々若、ありがとう。』
「お前の為じゃない。邪魔だっただけだ。」
『うん、でも助かったし。』

小さく柔らかく笑う名前。

(か、可愛い…)

陣と鈴木がまた二人がハモった様だ。
こんな所は息ピッタリな二人。

『死々若もお腹すいたんでしょ?
さっと作っちゃうから…待って』
「死々若は走ってねぇっちゃ
走らぬもの食うべからずだべ」
「そんな言葉はないが同感」
「オレはそんな事する必要ないからな。
毎日毎日、ご苦労な事だ
…名前、のんびりしていて良いのか?
向こうの空…」


死々若が指した先に灰色の雲。
さっきまで天気でいて晴れていたのに。
急いで取り込んだ洗濯物を抱えると、名前は廊下へと走ってと往復する中、凍矢も抱えて。

『ありがとう、凍矢...
もう乾いてる...さすが夏ね。
これは後で畳んで...』
「礼はいらない…後は任せろ…
お前は」
『じゃあ甘えようかな?
本当に』

ありがとう≠ニ言う名前の声は俺も、俺もと鈴木と陣が抱えて走るものにかき消された。
いつのまにか死々若は消えて、そんな2人を無言で見る凍矢。

『じゃあ、私ご飯作っちゃうね』
「俺、大盛りにして欲しいだ」
「陣お前な…!」
『あはは、了解』

揉め出す二人に笑いながら行こうとした私を凍矢が呼んだ、が。
時すでに遅し。
何かに引っ掛かった…かと思えば足を掬われてしまった。
それは洗濯物のはしっこで、気付いた時はすでに遅く…名前は小さく悲鳴を上げてひっくり返る。

『いっ、たぁ…。
なんて…』
「全く...ドジ≠セな。」
『凍矢?』
「今更…か…」

しりもちをついた状態で振り返えると、直ぐ側に凍矢の瞳
空の色に似た、透き通る水色が近い。
咄嗟に入り支えてくれたのもあり、思いっきり転ぶ事は無かったのだが...

名前は少し言葉に詰まる。
そう、晴れた秋空の様な…
水の双眼が心なしか笑っていない気がしたからだ。

「名前…お前」
『う、うん
って…痛、』
「…捻ったのか?
やっぱり…」

やっぱりと言われたと同時にずくんとした足首への痛み。
凍矢はため息をつくと名前の背から手を伸ばし、足首へと手のひらを置いた。

「じっとしてろ。」
『あ、うん…』

ひた、名前の足に伸ばされた凍矢の手がいつもより冷たい。
冷たい感覚がやんわりと痛みをとっていく様で…
名前に伸ばされた指先を見た。
夏なのに変わらず白く、細い方。
けれど、チラリと装束から見えるのは浮き出た血管。陣程ではないが、男の人の手。

(わ、私ってば…)

だけど、背から回されて密着している場所から熱。
トクトクと打つのは足の痛みだけではない。
凍矢の心音も息遣いも全て伝わってくる
それがきっと。
陣が大きいせいか、華奢に見える凍矢だが…やっぱり。

『…凍矢?あの、』
「さっき…」

囁く様な小さなが息遣いと共に耳にかかる、もう耐えられそうに無いそんな中声掛けした2人に救われ気がした。

「あ、名前。俺のこれ...
あ、そうか薬...」
「陣、待て!抜け駆けは
薬なら私が...」

腕にあった布取って差し出す陣に
(怪しげな)薬を差し出した鈴木。
一気に騒がしくなる周り。

『陣、鈴木。えっと…』
「騒がしいと思えば...
大方洗濯物で、転んで...足をやったのだろ。
相変わらずマヌケな女だな」

居なかった死々若が現れて、まるで見ていたかの様に確信をつく。
騒がしくなり密着していた凍矢の体が離れ。
そう、ある意味無意識だろうが死々若の言葉も助け船になった訳で。

「…そうだ。軽い捻挫らしい」
『そうなの。でも凍矢が…っ、
ひゃ...、』

治してくれて≠ニ言おうとしたが言えなかった。
重力がふいにかかったと思えばふわりと体が中に浮く。
何が起こったのか、体は分かっていても頭は理解するが出来ない。

「今日は1日安静にした方がいいな。」
「凍矢、ずるいべ、オラが…」
「いや、私が…」

「俺≠ェ連れていく。」

すぐ近くで凍矢の静止の声。
それでやっと名前は理解する。
横抱きにして持ち上げられている事を。

凍矢の最後の声、まなざし。
その事は陣と鈴木も理解≠ヘした。
彼はと言うと…

スタスタと二人を残し凍矢は歩いて行く。

『ちょ、凍矢。』

再び二人になって名前はやっと口を開いた。

「あまり暴れるな、落ちるぞ。」
『無理だよ。足はもう治ってる、し』
「知ってる。俺が治したからな。」
『じゃあ…』

ふと見上げればすぐ近くに、水の瞳。
吸い込まれそうな色。

差し込む光を受けて、歩くたびに明るくなったり深くなったり、様々に色を変える。

水、青、蒼…
透明無色の空の色

「名前、さっきは奴等と随分楽しそうだったな。」
『さっき?』
「陣と鈴木…」

あ、と声を漏らした。
その声に答える様に覗くあおが近くなる。

「後は…死々若。」

目の前に蒼、青が広がってギリギリ見えた口元は上がっていた。

反論しようとした口は塞がれてしまう。


少しの意地悪と、ヤキモチを込めた凍矢の唇によって。

『っ…凍矢、の…』
「…なんだ…?」
『ヤキモチ、妬き…』
「まあ、それに対しては反論はしない」

そっと自室へと下ろした凍矢。
短い距離なのだが長く感じてしまったのは無言のピリッとした空気。
だけど...最後は柔らかく笑んで私を見た瞳は柔らかで。

『凍矢...ありがと』
「…ああ…
って…お前は反則だろう」
『だって…久しぶりだもの
二人っきりって』

下ろしたと同時に抱き着いてくる名前。
さっきまでモヤモヤしていた気持ちが消えてくような彼女の温度と柔らかさ。
不覚にも戸惑ってしまった手のひらに力を込めしっかり抱きしめてやると、名前はにっこりと笑って俺を見る。

それが何だか愛おしく、俺は引かれる様に名前の髪を撫でた。
自然に動いた手のひら、相変わらず…

「…名前。」
『んー、ひんやり気持ちいい温度…
夏は凍矢が癒しで便利...
クーラーも無いからね、ここは」
「…俺は冷感道具か…」
『冷気を貰う、ううん奪っちゃおう。』

…冷気を奪う、そう言って戯れてくる名前。
俺にとっては大した力では無く、また。
えいっと言い、また抱き着く力が強くなり押されていく体。

そう、力を入れてない上逆らっていないからなる訳で。
何も反論しないない俺に名前言った。

『凍矢って羨ましいなぁ…この鬼の様な暑さとか関係ないんだもの』
「それは…俺は氷の使い手だからな…」
『涼しそうな顔してずるいなー、電気代もかからないし。』
「ずるいって…さっきから俺を機械の様に言うな」

いやいや、お金がかからない省エネ≠ネんて言うから笑いが止まらず、相変わらず面白い事を言う名前にクックと笑う。

『そんなに笑う事かな?…何がおかしいの?』
「いや…お前を見ていると飽きないなと思ったんだ。」
『それって褒め言葉?』
「ああ。
だが俺も暑さを感じない訳じゃ無い。」

そう、暑さには対応出来る体であるが、感じない訳じゃなく。
呪氷使いの俺と名前じゃ根本的に違うのだが。
…ましてや自分は妖怪。

『暑いのが分かるなら、離れた方がいいよね…。』

ごめんねとばかりに少し緩んで。
少し恥ずかしそうに染めた顔は"褒め言葉"だと言われて嬉しかったのか、また照れ臭いのかどうか。
だけどまたふわりと笑い、離れてしまった名前。

…もう少しあのままで、なんてセリフはみっともない気がして、俺は言葉と共に息を飲み込んだ。

『あ、そうだ。アイスでも食べる?』
「…お前は好きだな、そういうの。」
『美味しいじゃない、夏は特別に…
…ねぇ…何で不満そうな顔してるの?』
「…別に、何でもない。」
「………?」

俺の様子がおかしいのが気になったのか、名前は名前を呼んだ。

『アイス食べようよ、…暑くなってきたし。』

答えない事に不安なのか不満なのか…続けて言う名前。
クーラーなんて物はなく、確かに暑くまた気温も上がってきたらしい。
名前なら余計に暑いのだろう。
一刻も早く脱出したいのかどうか、名前は食べたらひんやりするしね≠ニ催促するように俺の手を引く。

確かにアイスと言うものは人が作り上げた熱を冷やすものでもある。

…暑くなければ…

ひんやりと熱を冷ます彼女の言うモノ。

そう、暑くなければ

…ある考えが頭に浮かぶ。

「…体が冷えさえすれば、いいんだな?」
『…?そうだけど…
って、きゃ…』

トンっと音をさせて畳へと沈める。

自分より小さく華奢な体は力を入れずとも簡単に倒れこんだ。
クッと口角を上げて名前を見下ろすと、真っ赤な頬をさらに赤く染めた名前。

『…早く…アイスを。』

言いかけた名前の火照った頬に手をあてれば、じわじわと指先に伝わってくる彼女の熱。

『…いや、その…アイスで、いいんですが…』
「フッ...何故、敬語になるんだ」
『おかしくないよ、凍矢ってば...
早く取りに行こう。』
「アイス≠ゥ…
そんな物より…もっと冷やしてやれると思うんだが、どうだ…?」
『なっ、何する気!?』
「さぁ…な」

するり、とそのまま髪を掬い上げながら
お前は…なんだと思う?≠ニ聞けば逃れようと暴れていた体はすっかり大人しくなる。

だが、顔はまだ真っ赤なまま。

「そんなに食べたいなら一層沢山買ってきたらどうだ。
あんなに走ったし、大丈夫だろ」
『…凍矢の、意地悪…、』
「知ってる、何を今更
欲しいんだろ…」

明るい笑顔は何処へやら。
うっと言う名前の顔は少し泣きそうでいて。
この顔も知っているのは自分だけだろう、コレは優越感。
そして、込み上げるのは

「俺ならお前の言うお金がかからない省エネ≠ナ冷やしてやれるがな」
『凍矢が言うとすごく変だし、本当意地悪だよ。』
「酷いな…。」

そっと耳元へ口を持ってゆき囁くとびくんと跳ねた名前

「その意地悪が好きな癖に…」
『なっ、ッ、う』

耳元、首筋、胸の辺りへ順に口付けば声を上げて応える体。

ああ、冷やしてやるつもりが…
熱を上げているらしい。

そっと頬に置いた手のひらは冷たかったらしく、ひやっと声を上げたが。
微睡む様に手のひらへと。

「どっちが良い?
俺か…、それとも…選択肢は二択だ。」
『選んだらその通りに…してくれる、の…?』
「さぁな…」
『な、なにそれ…』
「選択肢は二つ、選べるのは一つ」

選択肢は二つ。選ぶのは一つ。
分かって来たはず、いや分かってるはすだ。
だけど、あえて聞く。
腕の中へと彼女を閉じ込めて。

「…さぁ、どうする名前」

耳元で囁いて、聞きたい答えは決まっている答えだ。

『選択肢って言いながら無いんでしょ…?』
「無いって…どう言う意味だ?」
『私がどんな答えを言っても同じ、離すつもりなんてない癖に…』
「正解だ…」

ほらね、選択肢を問いなら答えは同じ、
選ばせて貰えないって知ってる。

選べない選択肢、解けない問題

「だが今、名前は両方欲しいだろ?
アイスも俺も」
『バレちゃった…?』

ああ、やっぱりばれててしまった。
アイスも欲しいけど、こうして触れて抱きしめて欲しい。

見透かす水色へ名前は手を伸ばして目を閉じる。
甘く口付ける凍矢へと私は心地良い温度に微睡み身を任せた。

溶ける甘いアイスの様に…

貴方の温度に混じって溶けて。

夏の温度を冷して、貴方が触れて熱を上げてく。

「あの分かりやすい二人、トーナメント前から…だろうが…
こいつらは分かってないらしいな」


残された陣と鈴木が名前に取り入ろうと洗濯物畳む為奪い合う中、悟る様に笑う死々若が居たとか居ないとか。







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