とろりの歳月


み空色から紺碧へ変えてく空。
薔薇色の先へ帰って行くようなサーモンピンクに染めた羊雲。

頬を撫でる風は少し冷たく、うだるような暑さも今は無くて…
鳴り止まない蝉の声ももうしない。
都会の蝉は元気でいてまた明るいからか、夜でも鳴いていた。

『って、いけない…』

名前は手にある手提げを抱え直してから、また小さなショルダーバックを肩へかけ直す。

居るのは分かってるけど、チャイムを一回。
そしてドアノブに手をかけた。
あ、やっぱり

空いてる...

そう確認すると同時に開かれたドア、目の前に現れたのはここの主ではなくて。

「遅っせーな、名前…
おめぇはいつまで待たす気だ?」
『へ、あれ?
幽助…?どうして…』

靴を脱ぎ、上着を脱ぎながら部屋へ。

「今日は早めに仕込み終わらせてよ…
用があって来てたんだ…寄り道に案内ご苦労…!」
『……?どうして…って、えっ
まさか…寝てる?』

ソファに寝るのは蔵馬…本当は畑中になって…
だけど南野秀一のままで居る彼。
蔵馬がこうして寝込むなんて珍しく、とは言え最近忙しいのもあるのか。

『あれ?幽助…もう帰るの?』
「もうそろそろ開けないとな…」
『あっ、そうか…もう…』

壁にある時計を見れば六時を過ぎていて。
日が落ちるのも早くなって来た。

「名前…お人よしはよ、騙されて早死にするんだぜ。
っておめぇは大丈夫か…!」
『もぉ…何さっきから悟った様な言い方…!』

幽助が言う事は主語がなくよく分からない事が多いが、最近少し皮肉っぽい。

『お人好しだとか…
さっきは案内ご苦労とか…言ったり』
「俺でもこれ位わかる…アイツはもっと分かるだろうな。
じゃーな、南野のオクサマ=v

私の左手を指してカッカと盛大に笑うと幽助はドアを開け出ていってしまった。
残された名前は蔵馬へと近づいて座り寝顔を覗く。

翡翠の瞳は閉じていて、艶のある紅の髪がさらりとソファーへと流れていた。

柔らかな紅と綺麗な翡翠…整った顔立ち…
薄く開く口元、男の人なのに色艶があって。

綺麗な…顔…女である自分より綺麗。
とはいえ女性∴オいをすると彼は怒るのだ。
それなりに…そう。

『って、見とれてる場合じゃなかった…
蔵馬…?起きて…夕方だよ』

寝息に合わせて
肩が上下に規則正しく動いてる?いや。
そうでも無い?あれ?

よし…次の手段!

『蔵馬…おーい、寝坊助さん。
起きなきゃ
…襲っちゃうよ』

何ちゃって≠ニ頭で突っ込むとほぼ同じ。
いきなり腕を掴まれ、蔵馬の胸の上に雪崩れる。

「寝坊助…ですか?
随分と待たせておいてそれはどうでしょう」

顔を上げ少し起き上がれば、蔵馬の上から彼を見下ろす形に。
翡翠の瞳へ私が映る…

『え、ちょっと。
離し…』
「ダメですよ…離しません」

蔵馬はそう言うと何処か甘える様に名前をそのままぎゅっと抱きしめた。
最近はこう言う意外というか…そんな行動をする様になった蔵馬。
以前では考えられない事で。

「さあ…今…
今は何時でしょうか?」

少し笑ったのが振動で伝わる。
胸の辺りに顔がある名前へ。
蔵馬の体温と匂い…そして心音。

『えっと、あ…
ごめんね、遅くなっちゃって…』

もちろん、蔵馬が言った様に遅くなり約束の時間はとうに過ぎている。

「さて…尋問と行きますか…
名前。」
『うわっ、蔵馬…」

耳に届いた声が蔵馬だと確認するより早く反転する体。

「色気が無いな…
まあそんな風な声を出されても困るんですけど」

上からかかる声。

背中に感じるのはソファの感触。
今名前は蔵馬によりソファへ埋めらていて。
今は蔵馬が見下ろす形に。
サラッとした前髪は流れ、私を見る翡翠に私が映る。
その瞳は、少し意地悪。

…これは、

『ん〜と…
とにかく座って聞く…よ…』

碧から黄色…最後は赤になるシグナル…
これは、危険信号って事。

「…座って…ね…
ちょっと甘いかな?
じゃあ、まず幽助の言ってたオレでも分かる事から…」

そう言えば、謎な言葉を幾つも残していった幽助。
蔵馬でも分かると言っていていたあれね。
って、ちょっと待って…

どうして幽助と私の会話を知ってるのか。
そう幽助が言ったアイツはもっと分かるって言った事。

『ねぇ…待って。
蔵馬…いつから起きてたの?』

その問いにさあ≠ニ囁いて蔵馬は意地悪でいて見透かす瞳に変えて、口元を上げるのが見える。

この言い方と瞳に声…そして笑う…口元。

『やっぱり、その顔。タヌキ寝入り!?
って事は…幽助と二人して』
「どうでしょう…
幽助はオレが起きてる事気付いていたか…
気が付いてなかったか…今となっては分かりませんね」

なんて白々しい態度、それに幽助も気が付いていたに違いない。
あの笑いだとか、言い回し。
本音をぼやかし主語を言わないあの…
悔しい、前は見抜けたと言うか、ちゃんと考えたら分かった事だ。
なんて考えてる場合じゃない。
今すべき事は、目の前の蔵馬を…

『うん、あの…ね、座って聞くね?
座って話しよ?コーヒーでも…』
「名前は諦め悪いな…
考えてみたら一週間振り…ですよね…
そんな状態で…このオレが離すと思いますか?」

そう、諭す蔵馬の声と瞳。
分かっている事だが、精一杯の反抗。

「ここに来る途中…名前は人に道を聞かれた。
観光に来た人に…行き先は…公園でしょう」
『どうして…』

この街一番の大きな公園…それはそう。
道を聞かれたのも。
蔵馬は髪に手をやり、細い指先で梳かす様に触れる。

「今紅葉していて…咲くものは…今はこれ…金木犀。
近いから一緒に行きますよと、名前は道案内。
ご丁寧に遠回りして送って来たって事ですね」

手を上げた指先には本当に小さな花…金の花。

『降参します…降参…!
蔵馬…様、その通り…私の負けです
その、ごめん…ね?
じゃあ、そろそろ離…』
「逃げれると思いますか?
名前も知ってるでしょう…オレは…」
『だ、から…降参
って…んっ』

塞がれる唇。
口元を割って入り込む舌先。
下がろうとしても顔を固定されて。
蔵馬は何度も角度を変えて舌を絡める。

ああ、彼はこう言う時は本当。

タヌキ寝入りだなんて…
キツネでいて、元盗賊で…
この辺はキツネと言うより狼なのかもしれない。
軽く酸欠になりかけた頃、ようやく蔵馬は名前を解放させる。

満足そうに笑い、私の前髪を掻き上げた。

「名前…
久しぶりですよね…二人っきりって。
前逢った時は飛影が居たし…今日は幽助…
少し…」
『少しって…蔵馬…』

じわじわ迫る翡翠が意地悪く変わる。
蔵馬は頬を撫でてクスリと笑ってから、次に首筋に吸い付きブラウスへと手をかけた。

『あっ、ちょっと!
ダメだってば〜!』

やっと拾えたクッションでガードするも、蔵馬は負け時と避ける。

「酷いな…」
『う、だって。
まだ夕方で…少し明るいし。
それにソファだし…』

しどろもどろ。
まるで職質をかけられたかの様に答える。
職質をかけられる様な悪い事は今までした事無いけれど…

…敵わない、人。

「明るいし、ソファだから…ですか?
それは…」

蔵馬はクッションを取り上げてまた笑い耳元へ口元を近付ける。

「じゃあベッドに行きますか?
お姫様…」
『そうじゃなくって!
意味が違う…お姫様って、何それ』

恥ずかしく無いのって聞こうとしたけど愚問で…

横抱きにされ名前の悲鳴が部屋に響く。
窓からさしていた琥珀色の光が少し暗い。
夏を終えた空が薄暗く飲まれ、その先には星が光りだしていた。



「何してるんですか…名前」

後ろから抱きしめられて私は振り向く。
柔らかく笑う蔵馬へと。
料理って程じゃ無いけれど。
テーブルにおにぎりと玉子焼きにウインナー…
あの後、蔵馬は本当に寝てしまい、しばらくはベッドの中一緒に居たのだけれど。
起きたらいつでも食べれるメニューをと作っていた。
本当なら…

『…色々作ろうと買って来たんだよ?
だけど蔵馬が…
する、から…体のあちこちが少し痛い』
「久しぶりだったので…
って言いながら名前だって…随分と乱れて身体は…」

私は蔵馬の口を塞ぎもう良いと呟いて、説明とか求めてる訳じゃなく。
細かく言う事も無い…
向かい合う形となった私へクスクスと楽し気に笑い出した蔵馬。
ムッと口を尖らせても顔色一つ変えないんだから。
今度は真正面から抱きしめふわりと甘い彼の匂いと温度。
敵わない…腕の中。

「名前…これはタコのウインナーですか?
小さい子のお弁当じゃないんですから…
夜ごはんって言うより朝ごはんですね」
『だって、冷蔵庫食料少ないんだもん。
おにぎりとかならいつでも食べれるし』
「もう少ししたら…沢山…
いつでも二人分…その先は三人か四人か…」
『…も、もう…気が早いよ』

名前に言われ、離れるとシャツのボタンを止め、掛けていた上着を羽織った蔵馬。

「それ…包んでくれませんか?」
『包む?』
「外、持って行こうかなって…思って」

そう言うと蔵馬はラップだとか箱だとか出して私へと手渡してきた。

『出かけ、るの?
今8時前…』
「あの公園なら、今はライトアップされてて…
ここから近いでしょう?」
『あ…うん。
そう、だけど。』
「紅葉の下で食べるって言うのも、たまには良いんじゃないかなと思って。
今日は月も綺麗ですし」

今の夜は少し冷えますからと上着を優しくかけて、ふわりと蔵馬が笑う。
ぶかぶかの彼の上着…
返事の代わりに私は抱きついて。
返事の代わりに蔵馬も抱きしめ返して、頭を優しく撫でる。

やっぱり今も変わらず大好きな人で。

私を見下ろす、あの瞳も。
細い指先、繋ぐと分かる…華奢に見えて力強くて。
優しく握り返してくれて。
歩幅も合わせてくれて。笑顔を見せてくれる。

温かい、コト。
変わらないモノ…ずっと前からあるモノ。
いい意味で変わらない私と彼。

今は妖怪も人間も同じ場所にいて自由に行き来できる世界。

この世界は変わってく変わって来た、良くも悪くも。
案内したのも妖気があったから人ではなくきっと。
そういえばこないだ凍矢さんに街で会った。

手を引かれ着いた先。

銀杏と紅葉…少し色を変えた葉と…
金木犀…

夜空に映える金の花に…
花に迎えられ、二人。

「やっぱり…もう満開ですね…
夜だし…ここは少し…人が少ない」

薄闇の空へ
金と赤と…黄色と…大きな黄金の月。
ポツリポツリある光と金の星の様な花。
明かるく感じるが、さっき来た時と感じは違う。

それは息を飲む程に綺麗で。

綺麗で、綺麗で。

幻想的でいてなんだが少し怖い気もする。
ふわりとわたる風に甘い様な匂い…
金木犀の花の匂い。

「やっぱり…夜は随分と…少し冷たいですね」
『蔵馬ってば、薄着なんだから』

コンビニで買った温かいお茶を頬へと名前は持って行く。

「温かい…」
『さっき来る時に買ったばかりだから…』
「いい匂いですね」
『うん、そこに金木犀が咲いてるし』
「二つとも違いますよ…
名前の手と…貴女の香りの事です」

頬へ置いた手を包み込んで引き寄せると柔らかく笑う瞳。
翡翠色で私を見る蔵馬。
包み込むその手は一回り大きい。
やっぱり男の人なんだって再確認させられるモノ。

『ちょ…蔵馬ってば…』
「このまま…キスしましょうか?」
『バッ、カ!』

ダメですか≠ニ小さく笑う。
この辺は…

「別に今更照れる事はないでしょう?
来年は…南野≠ノなる名前さん」
『…問題点が違うでしょう…秀一さん』
「…敵わないな…名前のそう言う所は」

左手の薬指にある指輪をなぞって蔵馬は笑った。
優しく柔らかく…

『あっ、そういえば…
凍矢さんも…今は形だけだけど…』
「そうですか…あの二人…
オレは南野秀一としてここで生きてるし…貴女と一緒になれる&c字も…他も」
『…大丈夫だよ、近い未来…妖怪と人が…
結婚出来る様になるはず…だって…毎日世界は変わってるもの』

そうですねと囁いて笑った彼の翡翠が揺れて。
包み込む手の温もりは優しく、力強いモノ。

変わらないモノ…
それは…左手を蔵馬は引いて口付ける。
柔らかな熱が手の甲へ…

「変わった事と、変わらないモノ…色褪せない想い…
これからもオレは名前の側で」
『…うん…蔵馬
ずっと…ずっと側に居させてね』
「やっぱり…キスさせて…」


名前≠ニ囁いて、口元へとそっと落とされた熱。
あたたかなモノ

ずっと…離さないで…そう思った。



色を変えてく紅葉の下…

季節も世界も変わるけれど、二人色褪せない想いを…

大丈夫、触れれば温かい変わらない物。
触れれば此処にいるから。

(離さない、離れない…名前だけはずっと)

見透された心と
小さく囁いた蔵馬の言葉は
吹く風が舞い上げた金木犀の花と一緒に解けた。

(透明の一から十まで)








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