永遠に君の隣で


 義勇が仕事を終えて家に帰れば、夕食の良い匂いがしてきた。食欲が刺激されるそれに誘われるように台所へ赴くと、そこには割烹着を召した名前が調理台で野菜を切っていた。鍋からはぐつぐつと煮だった音がし、お出汁の良い匂いがする。…玄関先で嗅いだ匂いはこれだったのか。
 義勇の気配に気付いたのか、振り返ればにこりと温かく優しい笑みを見せた名前。
 ああ、この笑顔のために今日も励んできたものだ。と、義勇は表情には出さぬものの、そんな思いが生まれた。

「義勇様、おかえりなさい」
「あぁ、ただいま」
「今日は早くお帰りになられたのですね。良かったです。今、お茶を淹れますね」
「ありがとう」

 名前は調理する手を一旦止め、義勇の羽織物を預かった。共に寝室に向かい、名前が羽織物と隊服を衣紋掛けに掛けている最中、義勇もまた部屋着物に着替えた。
 ふと、縁側を見やれば西日が庭を照らし、まるで間もなく一日の終わりを告げている。今日は任務の報告や他の隊員との鍛錬で一日が終わり、任務に行った日ほどの疲労はなかった。それが好じてか、身体に圧し掛かる倦怠感も普段に比べれば皆無に等しい。
 義勇が茶の間に移動し腰を下すと、名前が温かい茶を淹れて持ってきた。

「どうぞ」
「あぁ。ありがとう」
「…今日はあまりお疲れではなさそうですね。安心しました」
「…?分かるのか?」
「えぇ。勿論です」

 顔色が全然違いますから。そう述べる名前もまた、隣で茶を啜う。義勇は名前の言葉に少々驚き目を丸くした。
 …と、いう事は。普段どれだけ彼女の前で疲れや淀んだ空気を見せていたのだろうか。基本、仕事の事は家であまり出さぬようこれでも努力していたつもりなのだが。どうやら精神面での鍛錬はまだまだ必要らしい。
 義勇が怪訝そうな表情を見せた。「今日は随分と感情が分かりやすいなあ」と名前は視界の端に見えた義勇の顔を見てふと思う。それだけ、無意識に心の内を曝け出してくれるのは妻としてもありがたいことだ。名前は胸の奥がじんわりと温まるのを感じつつも、微笑んだ。

「義勇様、いつも頑張ってらっしゃいますから…。帰りを待つ身としては、やっぱり今日みたいな日は安心するんです。義勇様がご無事である事が、私にとっての幸せなんですよ」

 名前は温かい笑みのまま、義勇の湯呑を離した手をそっと握った。
 皮が厚く指に肉刺が出来た義勇の掌。日々鍛錬に励み、任務遂行を遂げている彼の掌は顔立ちにそぐわぬほどの逞しさや男らしさを感じるのは否めない。この大きな掌で自分を、そして人々を守り戦っているかと思うと愛おしさや厭う思いが溢れ出る。
 慈愛に満ちた名前の双眸から伝わる視線。それは義勇の視線と絡んだ。

「…いつも心配ばかりかけてすまない」
「いいえ。…それが妻の務めですから。

 義勇の掌に、名前の温もりがじんわりと伝わってくる。己と比べると一回りも小さな掌だというのに、そこから感じる朗らかさや温情に自然と相好が崩れ、頬が緩む。
 彼女が魅せるこの笑顔を守りたいと決めてから、一体どれほどの月日が経っただろう。義勇は掌から伝わる温かさをじっくりと感じながら、ふとそんなことを考えた。だが、現実が引き戻すように名前の手はするりと抜けた。

「…では、私はお夕飯の支度の続きをしてきますね。義勇様はゆっくりお休みください」

 するりと抜けた名前の手は膝下の着物を整えた。次いで腰を上げ、台所へ向かおうと踵を返したのだが。

「待て、」
「…え?」

 油断していた名前の手を、義勇はぱしっと掴んだ。振り返った名前の頭上には、まるで疑問符が上がっているようだ。
 義勇はそのまま、ぐいっと名前の手を引き、己の胸に抱き留めた。

「…いつも、ありがとう」
「…!」

 耳元で一言囁いた義勇は、名前の頬に手を添え、そのまま軽く口づけをした。突飛な事で名前は目を丸くさせが、頭が回るとようやく何が起きたのか理解したようで頬がじんわりと紅潮してきた。

「ぎ、ゆう、様…?」
「…今夜、いいか?」
「…ッ!?…私が断れないの、分かって言ってます?」
「さあ、どうだろう」

 静かに口角を上げた義勇から、逃げられるわけがなかった。
 名前の耳までが赤く染まる様を見て満足した義勇は、夕食、そして入浴後の時間に期待を抱いた。







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