夢喰い花の幻想(中編)


 その日の晩。幽助はリビングにて、眉間に皺を寄せていた。腕を組み、仏頂面で難色を示すその視線の先には、先日謎の男から受け取った例の赤茶色の小瓶がリビングテーブルに置かれている。
 うんともすんとも言わぬその小瓶に睨みを利かせながら、脳裏には先ほどの蔵馬からの言葉が自然と反芻された。

 “媚薬と言っても命に別状はない申し分の程度ですが…。止めても無駄でしょうし、これだけは言っておきますね?先ほども言ったように、この薬を追い求める者は身を滅ぼすという噂が絶えません。その概要は俺もまだ分かりませんが…。ただ、少しでも異変を感じたらその時は――…”

 スウェットズボンのポケットの中に、自然と手が伸びる。中に入っている物をぎゅ、と軽く掴んだ、その刹那。突如、インターホンのチャイムが鳴った。聞き慣れた電子音に幽助の肩が跳ね上がり、ハッとすればリビング越しに玄関のドアが開けられる音が聞こえてきた。一拍程すると、次いでリビングのドアの硝子越しに人影が映り、ドアが開いた。

「こんばんはー。お邪魔しまーす」

 現れたのは名前だった。幽助が一瞥し、普段と何ら変わりない彼女の様子に胸を撫で下ろす。

「よぉ、遅かったな」
「静流さんと話し込んでたら遅くなっちゃったー。お風呂沸いてる?」

 生返事を返すと、名前は手慣れたように荷物をまとめ始めた。

 幽助は先日、男から小瓶をもらった際、すぐさま名前に連絡を取った。無論、身の回りに異変が起きたかどうかの確認だ。真夜中だったので、返事が来たのは夜が明けてからであったが「どうしたの?なにもないよ?」の一言に安堵したのを未だに覚えている。
幽助の性格上、連絡と取るのはマメではないのだが、あの日を境に逐一名前の様子を確認するようにしている。名前自身「幽助こそ、どうしたの?」と尋ねてくるほどだったが、「いや、なんとなく…」と曖昧な返事で誤魔化していたのもまた事実だ。謎の男の件は迂闊に話せなかった。
 その一件が起きてから数日後、ようやく互いの都合がついたので二人は顔を合わせる事に。名前との関係は温子も公認なので、幽助の家に転がり込んで一拍していくのはザラだった。温子自身、夜の街に消えていくのもまた二人の間では公認なので、余計な金も賭けず二人で気軽に寝泊まり出来る場所になっているのが好都合であった。

 名前がお泊り用の簡易バッグから荷物を出してる最中、ふとテーブルに置かれている小瓶に気が付いた。

「…これ、どうしたの?」
「えっ!?あ、いや…これはだな…」
「あ、もしかして幽助。気付いて買って来てくれたの!?気が利くじゃん!助かる〜!」

 満面の笑みを浮かべ、そう話す名前。幽助の頭上には疑問符が絶えなかったのだが、最近の記憶を掘り起こすと、とある事をふと思い出した。
 ここ数日、「静流に教えてもらった」と話していた美容健康ドリンクというものを名前は毎晩飲んでいる。以前泊まりに来た際もそれを持参し、寝る前にそれを飲んでいた記憶が頭の片隅にあった。何故今になって思い出したかというと、その美容健康ドリンクの瓶の色が赤茶色に白いシールが貼ってあり、そこに商品名のロゴが描かれていたのだ。
まずい、名前は勘違いをしている。確かに、日々口にしているその商品と酷似したものであるのだが。中身は全くもって別物だ。
 幽助が「いや違っ…」と慌てて手を伸ばしたのだが。既に小瓶は名前の手中にあり「あ、それか酔っぱらったお客さんから貰ったの?私のファンもいるって言ってたもんね〜」と、耳を疑いたくなるような発言をした後、いつものように蓋を開けた。

「ばっ…オイ!!」

 幽助の手が伸び切った瞬間、その小瓶の口は名前の口元へ運ばれ、次いで聞こえてきたのは豪快な喉を鳴らす音。あんぐりと口を開けた幽助を尻目に、名前はあっという間に小瓶の中身を飲み干してしまった。

「…?なんか、いつもと味違う…?これ、新商品?」
「――ッ!身体、なんともねぇのか…!?」
「…何が?別に…なんともないけど…」

 名前は首を傾げ「変な幽助。お風呂借りるね〜」と、呑気にお風呂セットを用意した後、洗面所へ向かった。
 飲み干した後の名前の表情や顔色は、間違いなく特変は無かった。…即効性が無いのだろうか。いや、そもそも媚薬って即効性があるものなのか?
 幽助の脳裏に悶々とした疑念が広がる。そして居ても立っても居られず、入浴中の名前にドア越しで声を掛けたのだが「うるっさいな!なんにもないって言ってるじゃん!」と罵倒され、なんだか心配するのも徐々に馬鹿馬鹿しくなってきた。
 結果、あの男はホラ吹きで、蔵馬の実証結果も間違いだったのかもしれない。いや、そうだ、そうに違いない。蔵馬もたまには抜ける事あるんだな、ははは…。

 変化も刺激も物足りない毎日に嫌気が差し、興味本位で持ち帰ってきた赤茶色の小瓶。名前との関係に嫌気が差したわけではないが、正直情事に変化があればいいのに…と期待していたのは否めない。誘うのはいつも自分からな上、名前から求めてくることだって今まであっただろうか。
 それがいざ、現実になろうとした瞬間でもあったが…所詮杞憂だったのかもしれない。つまらぬことを願うモンじゃないな、と悪態をつけば身体にどっと疲れが押し寄せてきた。
 普段から楽観主義であるからか、こういった悩みは正直戦いの場よりも疲労感が強い。…気分転換にベランダで一服してこようか。と、腰を上げた時、風呂から上がった名前が再びリビングに戻ってきた。
 化粧を落とし、肌と髪の手入れを済ませた名前からは、動く度にふわりとした清潔感溢れる匂いがする。素っぴんの顔は、若かりし頃共に霊界探偵として戦いに明け暮れたあの日々を彷彿させるような、少女らしい幼さも多少は残っていた。軽口を叩くと「子ども扱いしないで!」と咎められるので、毎度胸中で収めているのは、また別の話しだが。
名前は冷蔵庫から冷茶を出し、こくこくと喉を鳴らしている。
 …杞憂だと思っていたが、やはり確証がないだけに、無意識に幽助の視線は彼女へと向けられた。

「…なあ、名前」
「何?」
「その…身体、どっかおかしくねぇの?痛いとか…か、痒いとか…」
「幽助、さっきからどうしたの?別になんともないし、いつも通りだよ?変な物拾って食べたわけじゃないし…」

 いや、変な物じゃなくて液体な。と、思わず突っ込みたくなる衝動が胸中で巡る。幽助が煙草を銜えると、名前がソファーに腰掛ける際一瞥した。

「…吸うんだったらベランダ出てね?もうお風呂入っちゃったから匂いつけたくないの」
「んな事ァ分かってるよ。いちいちうっせぇな」
「うるさいのはそっちでしょう?もう、さっきからなんなの?もしかして私に何か隠してることでもあるの?」
「いや、それは…」

 はい、その通りです。なんて言えたらどんなに幸せか。幽助の目線が泳ぎ、言葉が濁るのは、嘘をつくときの癖だ。
 当然、付き合いの長い名前にとっては、それを見抜くのは妖気を感知するよりも安易な事だった。

「やっぱり…!ねぇ、何隠してるの?早く薄情しなよ!」
「ばっ…馬鹿野郎!俺は嘘なんかついてねぇよ!」
「じゃあちゃんと私の目を見て言ってみてよ!」
「だからそれは…!」
「―――ッ!!?」

 名前の目が突如見開き、胸を抑えて屈んだ。

「うっ…く…っ!?」

 蚊が泣くような声で唸り、膝が床に着く。寝間着の胸元を掴む手は微かに震え、呼吸も荒い。
 異変に気付いた幽助もまた、名前の目線に合わせるように膝を着けた。

「おい、名前!どうしたんだ!!?」
「かっ…身体…が…」
「え…?」
「あ、つい…の…」
「――!」

 名前の胸元を掴む手が床に着き、先程よりも苦しそうに呼吸している。顔が俯いているのでどんな表情をしているかは分からぬが、髪の毛の隙間から見える耳は紅潮していた。
 仮に、風呂上がりで上せたにしても、ここまで身体が異変を訴えることは無い。幽助の脳裏には、先ほどの小瓶が過った。…もしかして、今になって効果が表れてきたのだろうか。

「名前、大丈夫か?」

 幽助が名前の肩に触れた瞬間「ひゃあんっ!」と甲高い声が発せられた。その瞬間顔も上がり、幽助と視線が絡んだ。名前の顔は耳まで紅潮し、眉を下げ、苦しそうにしている。だが、瞳を麗し懇願するようなその視線はどこか妖艶だ。荒い呼吸が発せられる口元はリップが塗られ、且つ熱が籠っているような吐息を吐くものだから、思わず吸い付きたくなる衝動に駆られる。
 幽助は口から煙草が落ちた事にも気が付かぬほど驚愕し、息を呑んだ。
 …これは間違いなく、媚薬の効果だ。苦しそうに呼吸し、肩を上下させながらも「幽助…」と甘い声を出す名前は、普段から想像がつかぬほど官能的だった。だが、いくら薬の効果と言えども、このまま手を出すのは己の道徳心に反するようで葛藤してしまう。期待してたくせに、いざそれが現実になったかと思うと、困惑の方が大きかったのだ。まるで善意と悪意が交錯するようだった。
 その一方で、困惑する幽助を誘うように名前の腕が伸び、幽助の首に回った。

「名前…っ!?」

 幽助の戸惑う声を他所に、名前は火照った唇を自ら幽助の口元へ押し当てた。
 ちゅ、と軽いリップ音が部屋に響く。幽助の唇を啄むように、名前は軽く唇を当てる度に角度を変えた。幽助の腕が名前の背に回るギリギリのところで震えている。理性を保つのに必死故、行き場のない己の手をどうするか逡巡していた。
 名前が唇を離し、鼻先が触れる距離で見上げ、彼女の掌が幽助の頬を包むと再び甘い視線が絡む。幽助の下半身が疼いた。

「はぁっ…はぁ…。幽助、お願い…抱いて…?身体が熱い、の…!」

 幽助の目が見開いたと同時に、両手は名前の頬を捉え、今度はこちらから唇を押し付けた。名前が唇が半開きになっているを見逃すわけもなく、舌をねじ込んだ。

「んんっ…んっ…っ!」

 名前の口腔内で舌を動かす最中、片方の手は彼女の背に回った。そして人差し指で背筋をなぞった瞬間「んぁあっ!」と甲高い声が再び発せられ、肩が大きく跳ねる。それを何度か繰り返す最中、名前の身体は大きく震え、口腔内の熱もより籠ってきた。何より、口づけだけで、これだけの甘い声だ。幽助の理性の糸が切れるのは、もはや必然だった。
 幽助は名前にしばらく口づけた後、唇を離すと彼女を横抱きにし、寝室へ運んだ。名前を少々乱暴にベッドに放るとそこへ馬乗りになり、先程よりも強く唇を押し当てた。

「ん…っゆっ、す…け…」

 籠った甘い声。吐息。上下する胸部。潤んだ瞳。名前の全てに欲情しているのが嫌でも自覚してしまう。普段の情事とはまるで比にならない妖艶さだった。
 名前の両腕は幽助を求めるよう、再び首に回される。それを機に幽助は名前の寝間着のボタンを全て外し、そこに現れた下着越しの柔らかい双丘を掌で包んだ。

「あっ、あぁ…っ!」
「すげ、身体まであっちぃ…」

 名前の嬌声に誘われるよう、幽助は首元、鎖骨へと接吻を続ける。軽い甘声が己の加虐心を刺激し、益々鳴かせたいと思うのは男の本望だろう。次いで、耳に舌を這わせると、先ほどの背筋をなぞった際よりも甲高い声が聞こえた。

「…んだよ、ここがいいのか?」
「あっ、やあんっ!そこっ…!」
「へぇ、じゃあもっとやってやるよ」

 じゅる、と唾液や吐息が鼓膜を犯すように。幽助の舌が名前の赤く染まる耳をぐるりと舐めとる。同時に、掌に包まれている柔らかな双丘も、布越しでは物足りなくなってきた。
 幽助は名前の耳に舌を這わせつつも、キャミソールを捲った。







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