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 また今度ね、次は必ず、そう言って君は不確定すぎるいつかの約束を大量生産していくわけです。「今度って、次って、いつ?」、遂に辛抱出来なくなって、思わず尋ねてしまった僕を前にしても「だから、いつかだよ」なんてよく言えたものだと思う、ほんとうに。

 そうだ最初から、きっと楽しいこと嬉しいことよりも、つらいことの方がうんと多いのだろうと覚悟していた。わかっていたのだ。だけど程度というものがあるでしょう? 僕は君とどこかへ出掛けていきたいと思うし、話だってたくさんしたい。こんなにもつらいことばかり続くのならば、一体この世界の誰が、自ら進んで人を愛したいだなんて言うの?

「……僕だ。」
「え?」
「僕ってマゾ……」

 僕の話を、彼女はあんまりよくは理解出来ていないみたいだった。いつもそう。不思議だね、変なの。そんな風に言って、隣に座っているだけの恋人同士という関係を、このキョリ感を、彼女は埋めない。全うしようともしない。二人でいる時間は君が思っているよりもずっと尊いものなのにね。
 今までずっと友達だったから、彼女とキスをするなんて、抱き合うなんて今じゃもう考えられなかった。だからずっと僕ら、手も触れない恋人同士。けど、どうしてかな? 僕らがまだ友達同士だった頃には、もっとたくさん話が出来た。二人でよく出掛けもした。恋人を意識した瞬間、今まで当たり前のように出来ていたことが、本当に何もかも気恥ずかしいように感じてしまって、途端に上手く出来なくなってしまったのだ。だから彼女は僕との約束を蔑ろにしていつかは無かったものにしようとしているのです。

「……名字さん」
「なあに、綾部くん」
「名前」
「……」
「ちゅーしたい」

 欲望を口にすれば、淀みなく、いくらでも僕の唇から零れ出た。果たされることのない口約束みたいに、途切れた会話の隙間を埋めるための術のように、いつも僕の方ばかりが彼女に話し掛けていた。会いたい、話がしたいと彼女には何度となく言っていたはずだ。なのに、触れたいなんて口にしたのはこの時が初めてだった。君とくちづけがしたいなんて。だって僕は、そんなの恋人になったら当たり前に出来ることだと思ってた。許可なんか取らなくたってしていいものだと。望みばかりが果てしないから君といるのはつらい。でもその唇に口付けることが出来たらきっと楽しくて嬉しいものに一瞬で変わっていくんだろう。小さな歓びのために君の手を握ったらもう二度と逃がしはしない、そういうつもりでいた。

「……ま、また今度ね」
「だめ」
「だって恥ずかしい」
「うん、僕も」
「だからちょっと待って」
「無理。もう、ちゅーしちゃおうよ」

 僕から逃げないで。いつかの約束も今すぐ果たそうよ。触れたくて、愛し合いたくて僕と君は恋人同士になったんだ。また今度ね、いつか必ず、いいえ今すぐ。


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