小説 | ナノ

 こいつの地雷ってわかりやすいよな、と目の前の白魔道士を見て関心する。それとも自分が地雷を見つけるのが上手いというのが正確か。尤も、沸点が低すぎるこいつが一番悪いのだとは思うのだが、どうにしろ人をからかうことに娯楽を見出だしている自分にとっては好都合だった。

「いざ、尋常に勝負!」

 目に炎をぎらつかせて杖を向けてくる苗字をみて顔がニヤリと上がるのを感じながらブレイドはその勝負を買った。

* * * * * *

「苗字とブレイドが一騎打ちするそうだぞい」

 シドからそれを聞いて立ち話をしていたカインと名前の二人はあからさまに顔をしかめた。考えた内容はそれぞれ違う。当然、カインは苗字がまた良からぬことを考えていることに不安を抱き、名前はブレイドがどうせまた人をからかって暇つぶしをしようと目論んでいるのだろうと呆れ返ると同時に苗字に同情していた。

「今度は一体何を企んでいるんだあいつは……二人はどこにいるんだ?」
「食堂じゃ」
「いきなり決闘なんて、しかも食堂なんかで……」
「わしに聞かれても知らんぞい、何やら苗字がブレイドに食いかかっていたように見えたが」
「どうして俺の周りには面倒のかかる奴しかいないんだ……」
「カイン?」

 名前が実に重そうに足を引きずりどこかへ行こうとするカインに声を描けると、顔をしかめ面倒臭そうにため息をついて彼は答えた。

「あいつを止めに行く、誰かが止めにいかんと城が崩れる」
「私も行くよ、一人だと危ないよ」

 名前がそう言うとカインは数度目を瞬かせると、あぁと肯定し肩を落とした。

「そうだな、ついて来てくれないか。俺一人だと命を落としかねん」

 もう一度確認するが二人が考えている相手はそれぞれ違う。全く異なることを考えているのにも関わらず会話が成立しているとはおかしな話である。


* * * * * *

 予想を覆す現場にカインと名前は茫然とした。
 苗字とブレイドがいるという食堂にやってくると白魔道士達が「苗字さん頑張って下さーい!」「頑張れ苗字ー!」などと黄色い声を上げているし、黒魔道士達は「ブレイドさんキャー!」「素敵ー!」などと目をハートにして叫んでいた。

「魔道士同士の戦いでリフレクは反則だろ、これだから白魔法はいんちき臭くて嫌いなんだよ……」
「そっちこそいちいちこっちの魔法を霧散させないでよね」

 その時――恐らくブレイドが放ったものがガーナに反射されたのだろう――やってきたファイアが名前の数メートル程離れた城の床に広がった。すると名前が何をするまでもなく近くにいたバロンの黒魔道士が全く動じず、当たり前のように直ぐにブリザドをかけ消火をしていた。事後対処であってももとより床が大理石なので大事には至らない。そして歓声は止まることを知らず盛り上がる一方だ。名前は思った。魔道士って、恐い……

 そして苗字のリフレクの効果が切れてからほんの一瞬だった。その隙をついて防戦状態だったブレイドが魔法弾を放った。閃光は空を貫き真っ直ぐに苗字に直撃。苗字はその衝撃によろけ、そして――小さな音を立てて消えた。

 瞬時にして白魔道士達からブーイングの嵐が起きた。人混みの波が邪魔して目の前で何が起きていたのかさっぱり掴めなかったカインだったが目を凝らして良く見れば非難の声の理由がわかった。

 カインの横から名前が走り抜け、人垣を分けて“それ”のもとへ駆け寄りしゃがみこんだ。名前はブレイドが非難を浴びる理由――トードをかけられピンク色のカエルへと変貌を遂げた苗字を介抱(?)していた。しかし名前は苗字を手の平に乗せたまま一向に動こうとはしない。反対にどこからか何かを打ち抜かれたようなズキューンという銃声が聞こえた気がした。名前はカエルと見つめ合い目を輝かせたまま動かない。彼女の手の平で悲しそうにカエルがゲコリと鳴いた。
 呆れて溜め息を吐き、カインは名前の所まで行くと隣に並び言う。

「胸を撃たれている所を悪いが早く戻してやったらどうだ」
「ううう、うん……ごめんね苗字ちゃん」

 名前は(完全に図星だったらしく)声を上擦らせてそう答えると苗字にトードをかけた。するとカエルになった時と同じように小さく音を立てて苗字は元の姿に戻った。たかっていた魔道士達がだんだんと散っていく。

「それで、何故城内で暴れたんだ。理由を説明しろ」

 カインにそう威圧された苗字はそれに耐え兼ね立ち上がるよりも先に、床に座り込んだまま開口一番に「だって!」と叫んだ。

「私が悪い訳じゃないんですよ! ブレイド……くんが、ブレイド君が……!」
「今更“君”つけんな! それにたかがラーメンが伸びたくらいで怒るなって」
「だから“たかが”って言うなって何回言えば……っ!」

 今にもブレイドに跳び付きそうな苗字をフードを掴みながらカインは不自然に歪んだテーブルを見た。そこには確かに完全に膨脹した醤油ラーメンがあった。きっと無類のラーメン好きの苗字には堪えられないことだったに違いないとカインは察した。そして“たかが”ラーメンごときに乱闘を起こす苗字に馬鹿だとも思った。

「でもどうしてラーメンが伸びちゃったの?」

 名前がそう聞くと苗字は何故か急に顔を真っ赤にさせた。な、何でって、あの、その……! としどろもどろする苗字を見て疑問符を浮かべる名前の横でカインは「大体想像はつくがな」と呟いた。

「一人熱くなって延々と何かを語っていたら麺が伸びたんだろう」
「!」
「大方ローザや名前についてだろうな。ブレイドに煽られて語り出したら止まらなくなって気がついたら伸びていた、と言ったところだろう」
「うぐ……」

 どうやらこちらも図星だったらしく苗字は赤かった顔をさらに赤くさせた。横でブレイドが遠慮のかけらもなく思いきり失笑した。

「だっさ! 苗字だっさ! 簡単に行動読まれてやんのー!」
「う、うるさい! でもなんで団長殿なんかに……」
「お前の考えなど嫌でも読める。一体俺がどれだけの量の嫌がらせを受け――」
「うわあーっ!」

 カインの思わずぽろりと零れた本音を苗字の爆音(もはや声ではなかった)で遮られた。そして「団長殿が私を虐める」と嘘泣きを始めた。カインは言いたい、ではお前がいつも俺にしているのは何だ。

「ほら、泣き止んで苗字ちゃん」
「そうだ、ラーメンくらいカインが奢ってくれるってよ」
「おいブレイド! お前はこいつの食う量をわかって言っているのか!」
「いーだろそんくらい」
「本当ですか! だんちょーどのかっこいいですーすっごいかっこいいですーっ」
「貴様は思ってもないことを…… 」
「苗字ちゃん隣同士に座ろうね」
「はい!」
「! お、おい名前!」

 伸ばした手の先の名前は苗字と共に笑いながら前を歩いていく。カインはその場に数秒立ち尽くした。
 名前は弁護してくれるものだと思いこんでいたカインは彼女の発言に呆然とした。まさか名前までそちらにまわるとは思いもしなかったのだ。しかしよくよく考えてみれば苗字の食べる量を知らない名前にとっては“たかが”ラーメンなのだ。

 結局その日、一行は路地裏の屋台のラーメン屋に赴きそれぞれがとった行動と言えば、苗字は当然の如くラーメンを、そしてブレイドは目を盗んで大量の酒を頼んでいた。まさかの事態に呆気にとられた名前は現状把握に数秒をかけた後、小さく「ごめん」と呟いた。カインは「お前のせいじゃないさ」と言いながら空に近くなった財布を見つめて重い溜め息をついた。酒を飲む男の笑い声と美味そうにラーメンをすする音が憎い。


(20100701)