007: グランキオ・ウルラート

007-1: exorcist × incubus/succubus《first crush???》(初体験淫魔)

(荒れ果てた中庭の、住人がいた頃はいい木陰を作ったのだろう広葉樹の一本に背中を預け、ところどころ引き裂かれて血に濡れた祭服の内側を漁る隙も、戦闘の高揚感に爛々と輝きを放つ眼球がこの場に追い詰めた筈の淫魔の姿を探って周囲を忙しく動く。仕込んであった武器はほとんど相手に向けて使い捨ててしまい、こちらも相応に反撃を受けて手負いの身、懐から取り出した残り僅かな銀弾をリボルバーの弾倉に装填しつつ、今のうちに上がった呼吸を整えようと長く息を吐き出すと裂傷を負った脇腹が痛みに引き攣り、笑い含みに「いてえ」と呻き。だが怪我は退く理由どころか精神を高ぶらせる燃料にしかならず、ここまで己を手こずらせた相手を打ち負かしてやりたいという欲求を一際強めてちらと仰ぎ見た葉陰越しの夜空では、月が雲隠れしたまま。暗夜にあっては夜目の利く淫魔が有利、まして身体能力も治癒能力も敵方のほうが格段に高いのでは、膠着の末の持久戦なんて流れは避けたい。せめて月が出れば──とその願望をまさか天が汲んだとも思えないが、ざわりと頭上で葉擦れの音が聞こえたかと思うと、にわかに出てきた風が次第に雲を攫い、廃墟となっても未だ往時の絢爛たる気配を留める館と庭園が月下に顕れていく。はたと我を取り戻して樹木の陰から飛び出せば、銀灰色の月光に浮かび上がった獲物の姿を遠目に確認でき、月明かりが明らかにしていくものの数々に眩んだように左手で額を押さえ、ふらりとよろめき)
っふ──、ハハハ、あっはははは! Mamma mia! Da quanto tempo, Ti ricordo di me!?
(辛うじて身体を支えて踏みとどまった足が、けれど震えた。セットした髪型が崩れるのもお構いなしに左の五指が乱暴に己の前髪を掻き乱し、拳銃を把持した右腕で浅く引き裂かれた腹を抱えてひいひい苦しげに哄笑しながらようやくはっきりと全容を現した淫魔に母国語で言葉を投げかけ、騒々しい笑声を一頻り上げたあと、ひた、と瞳孔の開いた目を相手に据え。夢現の覚束ない足取りで伸び放題の雑草を踏み分けて一歩一歩、相手の反撃や逃走の可能性ももう頭から抜け落ちてしまったように、躊躇なく淫魔との距離を縮めて行く。いよいよもって鮮明に映る記憶と変わらない姿を前に眼光鋭いばかりの瞳がとろりと甘ったるく潤み、命のやり取りを楽しんでぎらついていた狩猟者の笑みもまた、歓喜を隠さず頬を淡く染めた柔らかな微笑へと変わり。迷いを表して何度か開閉した唇が意を決したようにゆるりと言葉を紡ぎ出し)
……そう、だな、えっと、十年ぶりくらい? あー覚えてねーかな、俺、あんたに美味しくいただかれたことあんだよ。あれからさあ、俺はあんたが忘れられなくて忘れられなくて……ハハ、すっげえ。いつかは会いたかったけどまさか本当に、しかもこんなトコで会えるなんて! あんたに会うために俺わざわざ祓魔師になったんだ、いやマジで。ああ……こんな嬉しいことはねえ。あ、そうだ、ほら見ろよ、この指輪だってあんたを想って誂えた。これさ、裏側にピンクダイヤ入れてんの、あんたの目の色みたいで綺麗だったから。値はアホほど張ったが、あんたのためだから出し惜しみしなかった。お陰で今結構カツカツ。くはは、あーやばい、嬉しすぎて心臓が破裂しそうだ。今なら神様も運命も信じられるぜ俺は!
(距離感を探るような躊躇いは最初だけ。相手のリアクションに関わらず語調は次第にまくし立てるように強く早まり、途中、己の左手薬指を飾るリングを得意げに示したりなどして、いっそ幼さすら感じさせる屈託のなさで嬉々として笑い。興奮が収まらない様子で腕を広げその場で軽やかに一回転すれば、袖口に染みた血液が周囲の葉の上に飛び散って、赤い雫が朝露のように先端部で球形を作る。いま一度視線が絡まり、ああ、と歓声を漏らすと月の色を跳ね返して繊細に光る指輪に唇を寄せ、天主に祈るとも感謝するとも取れるその行為を終えるころ、再び月のふちにかかり始めた薄雲によって光量の一段落ちた月光が歪に唇を吊り上げた面差しを暗く翳らせ)
ああ……最高だ。俺はあの夜から、あんたをブチ殺したくて、あんたのことばっかり考えて生きてきた。あんたは淫魔だから、どうせ他のヤツともセックスして善がってたんだろう? それ想像するだけでクソみたいな気分になって俺は気が狂いそうだった。
(笑顔を貼り付けたまま、しかし再び周辺に広がる闇と共に急速に不穏な気配は増し、夜風に煽られて耳障りにざわめく葉音のなか発せられる声が憂いとも侮蔑ともつかない色を帯びていく。何でもない動作で持ち上げた右手の、その手に握られた拳銃の銃口は相手を向いて、まるで愛する伴侶の不貞を咎めるように濡れた目が冷たく甘く眇められ。己の人生の転機となった思い出深いあの晩の出来事も、淫魔である相手には数え切れない「食事」のうちのたった一度に過ぎないことを知っていて、そんな相手だからこれしか方法がないのだと頑なに信じる顔付きで、何かの感情を堪えるように眉を歪めながら震える指が銃の引き金に掛かり)
だから、なあ、頼むよ、──ここで俺の手で死んでくれ。そんで永遠に俺のモノになってくれ。Ti adoro amore mio, Buona notte e sogni d'oro!




*Mamma mia! Daquanto tempo, Ti ricordo di me!?
(なんてこった! 久しぶりだな、俺のこと覚えてるか!?)

*Ti adoro amore mio, Buona notte e sogni d'oro!
(すげえ愛してるぜ、ハニー。おやすみ、そしてよい夢を!)

*設定参考
「初体験の相手だった淫魔」という設定ですが、全く関係ない他人の空似、血縁とかで面影があるだけの別人、本人だけどグランキオのことは覚えていない……等も可能です。
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