003: アルギュロス・アリシダ・アーデイン

003-10: incubus × person(人間)

(毎正時ごとに人形たちが踊り出す時計台の下、待ち合わせ場所として指定したそこで相手の到来を待つ間していたことといえば携帯端末をいじるでもなく本を読むでもなく人間観察であり、目が合って手を振ってくる女性に笑顔で手を振り返したり、声をかけられてはやんわりと断ったり、はたまた同じく待ち合わせをしていたらしい二人連れが落ち合って街へと消えていく様子を見送ったり。そうして仲睦まじげに並んで遠ざかる背中の向こう、視界に覚えのある顔を捉えて軽く手を掲げる。待ち人来たり。備えつけられたベンチから腰を上げて相手のほうへと歩み寄ると、その頭のてっぺんから爪先までを眺めてうまく口角を持ち上げ)
やあ、今日も可愛らしいね。行こうか。美味しいと評判の店を予約してある。
(定型句じみた平坦さで挨拶を済ませ、相手に手を差し出す。取ってもらえたならもちろん繋いで歩くつもりだが、仮につれなく払い落とされたところで貼りつけた笑顔は動くまい。美味しいと評判の店──告げた内容をそのまま鸚鵡返しにする相手はこちらの素性を知っていて、食べられるにしろ人間の食べ物には大して味覚の働かない淫魔の話を怪しく感じているのか、向けられる胡乱な眼差しに肩を竦めてみせつつ、ほとんど沈みかけた夕陽の茜色とぽつぽつ増え出す人工の明かりとが混じる薄暮の街を相手の歩調に合わせて進み)
……それはまあ、必要だからね。デートに食事は欠かせないだろう。君のために私はとても健気に人々から情報を収集しているのだよ。
(凝った料理を出されても明確に分かるのは香りくらいであり、ヒトとの会食の席で見せる反応は過去に見てきたものを模倣しているに過ぎず、精気の味わい深さを思いながら口に固形物を押し込む作業は決して己にとっての食事とは言いがたいが、相手が美味しいと喜んでくれるなら十二分に意義がある。かけた手間に見合うだけの店かどうか、果たして相手の好みに沿うかも含め、それら答え合わせのために辿り着いた隠れ家のような小料理屋の扉を開けて)
入りたまえ。君のお眼鏡に適うことを祈ろう。

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