004: イヴェール・フラム

004-10: incubus/succubus × ...

(料理がしたいなどと言い出して食材や調理器具をねだった原因は、メディアで見かけた色鮮やかなケーキだった。採れたての瑞々しい野菜や果物の色とも違う、毒々しい人工的な色をした生地が膨らんださまを目の当たりにして食べるほうではなく作るほうに興味を引かれたのは、一般的な淫魔以上に固形物を食するのが不得手な己の体質もあるし、測って振るってという作業がさながら実験に似て面白そうだと感じたのもあろう。そうして普段は立ち入る機会のほとんどないキッチンに足を踏み入れ、相手が用意してくれたレシピを頼りに一つずつ工程をこなしていき。適量とはどのくらいか、生地がもったりとはどういう状態か、ことある毎に相手に確認しては、丁寧に扱うという発想もなく粒子の細かなケーキミックスがその辺りに飛び散り、使った器具は散乱し、キッチンがそこそこの惨状と化したのも気に掛けずオーブンの前に立ち)
……嵩が増してきた気がする。これは焼けているのか? ふむ……。
(相手に尋ねながら、後頭部で雑に纏め上げた長い髪の一房が今になって耳の横に落ちてくるのを煩わしそうに肩の後ろへと払い。もとより日に当たらず生白い手にはケーキミックスがまとわりついて、赤い髪にも、続けざまに触れた鼻頭にも白い粉を塗り広げていることには気付かずに。稼働するオーブンをじっと見つめる最中、相手の言葉を受けて視線をそちらへ移し睫毛を瞬かせたのち、着色料で色鮮やかに染まった扉の向こうの生地に目を戻して)
私は……食べない。食べられない。別にそのつもりで作ってはいないので、お前が食べればいい。……こんな色をしたものが本当に食べられるかは知らぬ。

- ナノ -