003: アルギュロス・アリシダ・アーデイン

003-9: incubus × outsider(人外)

(一定の距離を置いて後ろをついて来る者の存在は当然気が付いていて、繁華街の雑踏のなか、試すように無軌道な道筋を辿ろうともめげずに後を追ってくる相手に聞こえよがしな溜め息を吐くと足を止め。人波のなかを振り返り、追われているあいだは敢えて真正面から外さずにいた視線を相手へと投げ、そこにいるのが先日ひょんなことで顔を合わせた人外であるのは既に悟っていたし、それが間違いでなかったことを自分の目で確認していよいよ呆れ顔を隠さずに。丁度いまが働いている人間たちの帰宅時間。誘い込む風情で道の左右に煌々と輝く飲み屋の明かりを受け、折り重なるさまざまな色を照り返して複雑な色相を呈する鈍銀の髪を掻き上げ)
はあ……いい加減に着いてこられても困る。私は何も君を助けたわけではないんだよ。偶然。利害の一致。というより君に巻き込まれたと言っても過言ではないと思っているのだが?
(自ら相手との距離をずかずかと詰めて、その鼻先に人差し指を突きつける。──過日、相手が祓魔師に追跡を受けている最中にたまたま遭遇し、祓魔師の標的が淫魔であるこちらに移った。祓魔師が個人的に淫魔に恨みを持っていたのかもしれないし、これでもそこかしこで長らく活動しているので自分が手配されている可能性もあり、種族に関係なく目撃者の口を封じようとする野蛮な祓魔師だったのかもしれない。何にせよ己の能力によって無事にその場をやり過ごすことに成功し、帰宅前に一言二言くらいは相手に声を掛けただろうか。災難な夜だった。しかしそれで終わり。その祓魔師に能力が効くと分かった以上はいつでもいなせるので、居所を変えることもせず堂々と夜の街を闊歩していて、そうして今夜、己を見つけて追いかけてきたのは祓魔師ではなく図らずも助けた形となった人外のほう。恐らくあそこで出くわすことがなければ自分は今も全くの無関係でいられたのだから、災難な夜の元凶は、祓魔師であると同時に相手でもある。相手が人間ではないので感興はほとんどそそられない。向けていた人差し指を相手の額の真ん中あたりに押しつけ、ぐりぐりと徒にこね回しながら首を傾げ、相手が自分を追ってきた理由を適当に推測し)
……何なんだい。一人で生きることに限界を感じていた? 祓魔師を撃退できる相棒が欲しいとか? ……どちらにせよ丁度いい子を知っているよ、紹介してあげよう。私と違って面白ければ種族を問わない子だから、会ってごらん。……そこに今もいるとは限らないけれどね。
(ひとしきりつつき回した後でやっと下ろした手を滑らせた先は自分の懐。言いつつ取り出した紙片に手早く何事か書き込むと、無関心の上に作り笑いを貼りつけて、厄介払いでもするかのように手のひらに収まってしまう小さな紙切れを相手の手に握らせようとし。記したのは血族ではないが身内と呼んで差し支えない赤毛の淫魔の居場所。自分と同様、気ままに住処を転々とする彼がいまだそこにいる保証などないにもかかわらず、申し訳程度に言い添えたのみで相手を送り出す気で)




*004-9の前
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