004: イヴェール・フラム

004-5: incubus/succubus × ...M(男性)

(ベッドサイドにぽつんと灯った間接照明が、寝室にわだかまる暁闇を頼りなく散らすと同時に、寝息を立てる相手の顔に美しく陰翳を施している。昨晩さんざん見せつけられ、そして惹かれるまま貪った、ぞっとするほどの色気など嘘だったかのように、彼の寝顔はあどけなく微笑ましい。無防備な姿をもう少し眺めていたいが、いくら精気を補給した直後とはいえ日が出てからでは動きがだいぶ制限されてしまうので、その前にここを出なければ──と考えてのろのろ起き上がり、ベッド下に脱ぎ散らかされた服を拾おうと上体を屈めた瞬間、ギッと大きくスプリングが悲鳴を上げ。反射的に動きを止めたものの、それは静謐に満たされた室内で遮られることなく彼の耳に入っただろう、その証拠に背後で身動ぐ音と気配。薄く開いた唇から溜め息を吐き出して振り返り、罪悪感があるのかどうか定かでない情動の薄い顔で、それでも開口一番に謝罪をし)
すまない、起こしたか。おはよう。
(おはよう、とは応じてくれたが青年はまだ半覚醒らしく、居残る睡魔に引き摺られたように焦点の合わぬ視線が夢現に彷徨って、そのまま目蓋の上下がくっついてしまうのかと思っていたらば、眠たげな目がふと一か所で留まった。こちらの顔、ではなく更にその下、相手の瞳が捉えたものを知りたくて自らもまた目を遣ると、長く量の多い赤毛が裸の胸元に流れ落ちている。赤味を帯びた髪が珍しいのかもしれないと答え合わせのため再び彼を見て、そのときには両の眼がかっと見開かれていたものだから、驚きに肩が揺れた。お互いに無言でしばし、たっぷりの間を取り、やっとのことで彼が漏らした台詞が「胸がない」という主旨だったことからようやく瞠目の意味を理解し)
ああ……普段の私は男なので胸は平たいのだ。昨夜は、たまたま女だったが。
(最近とんと食事を疎かにしていて、それで男のときより小柄でエネルギー消費のいくらか少ない女の形を取って街をうろついていたら、彼が声を掛けてくれたので大人しく身を任せたのだった。予想外に相性が、少なくとも自分にとっては好いように感じられ、久々の食事だからというだけでなく燃え上がって熱心に求めてしまい、今だって肉体の奥では欲の燠火がくすぶっている。ただそれは表出することなく、ひたすら無感動な顔で改めて床に落ちたシャツを拾い上げて袖を通し。女として出会って女として抱いた者が起きたら男になっていた、という現状に混乱の収まらない青年は言葉を発することもままならない様子で、投げかけられる質問の体を成していない単語の欠片を文字通り眉一つ動かさず受け止めると静かに凪いだ目を彼に向け)
落ち着いてくれ。君が何を言いたいかよく分からないのだが、私が男だったことで幻滅させたのだろうか。今からでもまた女になったほうがいいなら、そのように。
(昨日よりは血色を取り戻した指先で一つ一つボタンを留め、着々と服を纏っていく間も、一貫して鉄仮面に変化はない。女体時の体型に合わせて折っていたドレスシャツの袖口を伸ばしながらベッドから降りれば長過ぎる髪が後を追ってシーツの上を滑り、さらさらと微かなその音に紛れさせるように、目の前の彼に聞かせるでもなく独り言ち)
……女になったとして、どうせすぐに出て行かねばならぬが。

- ナノ -