006: メアルー・スル・オーランローズ

006-4: succubus × incubus《fiance》(許婚)

(自分たちで送り出しておきながら、やはり根本的に過保護な家族に請われる形で久々に実家に顔を出した、その翌日。人間界で過ごした効果が着実に表れていると見え、側に使用人が居なくとも以前ほどの抵抗はなく、広々とした自室で一人、短い帰省の滞在期間をどう過ごそうかとテーブルの上に白い紙を広げて計画を書き出す作業の真っ最中、扉をノックする音に続いて部屋の外から聞こえたのは来客を告げる使用人の声。予定にない客人の訪問に不思議そうに首を傾げつつも了承の返事をすれば、使用人が恭しく開けたドアをくぐって現れたのは、許婚として定められた相手。こちらにいるのは長くても数日、またすぐ人間の世界に戻るつもりだったので己は連絡はしなかったが、末娘の帰宅に浮かれた両親か誰かによって話が伝わったものだろうか、聞きつけてわざわざ会いに足を運んでくれたらしい彼との思わぬ再会に「あら」と声を上げて椅子から立ち上がると、習慣づいた動作で柔らかな素材のスカートの端を持って軽くお辞儀し)
久しぶりね。ただいま……と言っても一時的なんだけれど。あなたの顔を見るのも、どのくらいぶりかしら。元気だった?
(儀礼的な一礼を済ませ、小走りで相手の傍らへ寄って行く。普段なら動きに合わせてふわふわ棚引く後ろ髪は、今日は家人の手によってギブソンタックの形に編んで纏め上げられ、左耳の後ろに花を模した大振りな飾りを挿し込んで、膝までを隠す刺繍の施されたスカートに襟の付いたブラウスという服装も相まって大人びた雰囲気に仕上がっていたが、使用人を下がらせて室内に二人きりになると気心の知れた許婚の顔をしばらくぶりにまじまじと眺め、何がおかしいわけでもないのに、ふふふ、と子供じみた笑声を上げて八重歯を見せ。頓着なく彼の手に触れて引っ張るあたりは幼少期にわがままを言っては振り回した時と変わらず、ただ当時とは違い、先程まで己が着座していた対面の席に座るよう促して椅子を引く、少し前ならばいかに些細でも使用人に任せていたようなことも今は自ら厭わず行って。己もスカートの皺を気にかけながら今一度座りかけるものの、眼下に広がる散らかった机上にハッとしてまた腰を浮かせ、途中で落書きを始めた痕跡のある用紙をおたおたと畳んで筆記用具も端に寄せて、そこまでして今度は逆に小綺麗になったテーブルに物足りなさを覚え、磨き上げられたトップボードを眺めること瞬時、閃いたとばかり手をポンと打ち)
そうだわ、人間の世界から紅茶を持って来たの。あちらの飲み物なのだけど、知ってるかしら? 淹れてきてあげましょうか。あたし上手にできるのよ。あっちで一緒に暮らしている人間にも褒められたんだから!

- ナノ -