七松小平太先輩は実に単純な人だ。
穴を掘るかバレーをするか走り回るしかこの人の脳にはないのだろうか。先輩は委員会のメンバーにそれ等をよく提案する。理由を聞けば「暇だから」「楽しいから」「私がやりたいから」と幼稚な発言を堂々とするから逆に何も言い返せない。
実際体育委員会は先輩が言う程暇ではなく書類の整理だとか体育備品のチェックだとか色々やるべき事はあるのだ。
しかし七松先輩が机に向かっている所を見た事がない。いや、一度だけ「この書類の確認を全て終えたら体育委員会一同でバレーをしましょう」と言ったらやる気になった時があったっけ……(その後は散々バレーに付き合わせられたが)
委員会がある度に体を動かし体力を激しく消費しているのは気のせいではない
今日だってそうだ。委員会で予算についての書類を纏めようと思っていたのに「今日は裏裏裏山までマラソンするぞ!」と来た。
ああ、この情熱をデスクワークにも傾けて欲しい。







「いけいけどんどーん!…お、もうすっかり夕方だな」
「七松せんぱい……もう僕駄目……です」
「僕も……」
「滝夜叉丸、かなりヘロヘロになっているけど大丈夫ですか」
「滝夜叉丸先輩、だ。どっかの誰かさんが途中迷子になるのを阻止する仕事がなければもう少し楽だったのだが」
「はあ。何の事っすか?」
「いや……もういい」

いけどんマラソンで彼の背中を必死に追いかけていた金吾と四郎兵衛がその場にへたり込む。
裏裏裏山から学園に帰ってきた時、辺りはすっかり夕焼けの赤に染まっていた。三之助は2人に比べたら大丈夫そうに見えたが息切れが酷い。無論、私も疲れた。

「よし、そろそろ夕飯食べに行くか!」

七松先輩の言葉を聞いた瞬間、表情をみるみる内に明るくさせ金吾と四郎兵衛は手を取り合って喜ぶ。

「やったあ!」
「頑張ったぶん、絶対ご飯は美味いぞ!」
「はいっ!」
「そうですね!」

元気に返事をして金吾と四郎兵衛は食堂に向かい歩き始めた。
さっきまでのヘロヘロ具合は何処に行ったのだろうか。
三之助は「今日のメニュー何すかねえ」と呟きながら食堂と反対方向に行こうとするので金吾と四郎兵衛が慌てて引き止めている。
食事と聞いただけで復活する下級生もなかなか単純だと思う。
ふいに七松先輩が此方を振り向いた。よし、今がチャンスだ。私は今日こそ厳しく言ってやるのだ。運動だけではなくきちんと事務もこなしてくれ、と。

「七松せんぱ…っ」
「滝夜叉丸もほら!皆で食堂行くぞー!」
「〜っ!」

ニカッと眩しい笑顔が向けられ、今言おうとしていた事を私は飲み込んでしまった。代わりに心臓が跳ね上がるような感覚に陥った。

「……はい」

気が付けば私は七松先輩の元まで駆け寄り返事をしているではないか。

(く…っこんな筈では…!)

心の中で項垂れている私を見てまた七松先輩はニカッと笑う。
一瞬にして私の理性を壊す、その笑顔には逆らえないのだ。
私は七松先輩と一緒に食堂に向けて大きく一歩を踏み出す。




(一番単純なのは、私かもしれないな)














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こへの笑顔が好きで見るだけで何もかも許せてしまう滝。
こへ滝っていうかこへ←滝…?あれ?

2011/08/16