滝夜叉丸は随分と静かに泣くな。
僕は部屋の前で足を止めた。なんとなく分かる。滝夜叉丸は部屋の隅で体育座りして、きっと僕が部屋に入ったら何ともないふりをして「おお、喜八郎」って声をかけてくれるんだろうな。
僕も静かに。ただただ静かに。平常心を装って障子を開けた。

「いいお湯だったあ」
「ああ、喜八郎か」

案の定、滝夜叉丸は僕に気が付くと直ぐ様声をかけてきた。しかし、僕に背を向けている。面白くないので後ろから引っ付いてみた。滝夜叉丸は「ぎゃあっ」と小さく悲鳴をあげた。

「冷た!お前、髪の毛まだ濡れているぞ!」
「その内乾くもん。あー、滝ぬくいー」
「いやその状態で居られると私が困るのだが……。ああもう、仕方ないな。喜八郎ほら」

滝夜叉丸はくるりと此方へ向くなり、僕の首に掛けてあった手拭いをするりと奪った。滝夜叉丸はぐしゃぐしゃと頭を撫でるように髪の水気を拭う。

「滝、お母さんみたい」
「煩い!」

他愛のない話をしているとだんだん滝夜叉丸の声の具合がいつものように戻ってくるのにひどく安心した。それでも、僕から視線は逸らしたままだけど。

「全く、私はお前の母ではないのだからな!」
「……考えてたの?」
「え」
「誰の事考えていたの」
「──」

滝夜叉はピタリと手の動きを止めた。床にパサリと手拭いが落ちた音が大きく聞こえ、一瞬だけ静けさが部屋に漂う。

「喜八郎?何を言って…」
「僕はずっと滝の事考えているんだけど」

分かっている。
滝夜叉丸が体育委員会委員長である七松小平太先輩に特別な感情を抱いている事。その七松先輩は任務に行ったきり、帰ってこない事。予定より10日も過ぎているのに滝夜叉丸の元へ戻ってない事を。滝夜叉丸が誰を思って泣いていたのかなんて分かりきっている。何で僕と目を合わせてくれないかなんて、そんなの泣いて腫れぼったいぐちゃぐちゃの顔を誰にも見られたくないからだ。やっと此方を見た滝夜叉丸は思ったより酷い顔になっていなかったが目が赤くなっていた。

ねえ、滝夜叉丸。好きだよ。今行方が分からない先輩より今お前に一番近い僕をもっと見てほしいよ。



「……ありがとう」



滝夜叉丸は消えてしまいそうな声でそう言い、また泣きそうな顔になる。「やっと私の魅力に気付いたのか!」とか「そうかそうか、お前はそんなに私の事が気になるのか!」とか、滝夜叉丸なら当然のように言ってくると思った。なのに。
どうして七松先輩は帰って来ないのだろう。どうして僕が悲しくならなくちゃいけないのだろう。どうして好きなのが僕じゃないのだろう。




僕の方に、もう少し
20111203