尾浜勘右衛門と初めて出逢ったのはいつだったっけ。異国の船が留まる港で。荒廃した街で。或いは雪の降る季節に寒さで頬を染めながら。もうとっくに昔の話である。「人間80年」なんて世間ではよく言うが、長いように感じて実際生きてみればたかだか80年だ。そんな短い時間の中、人と人の巡り逢いは砂の粒程の奇跡だ。奇跡だったはずだった。















「はじめまして」
「……どうも」

4月上旬に行われた大学の入学式。隣の席に座る勘右衛門は、ぱりっとした漆黒のスーツに身を包み綺麗に髪を整えている。へら、と私に向かって笑ってみせる所は昔から変わらない。私は初めてなんかじゃないけど、と胸の内で呟いてみる。

いつも私だけ記憶を持って生まれて、幾度も同じ時代に生を受けているこいつは何も覚えてない。こいつにはこいつの新しい人生があり無理に思い出させるような要求はしないが、私が覚えていてこいつは何も知らないなんて面白くないし正直むかつくばかりだ。転生した位で忘れやがって畜生。

「今、寝そうだったでしょ?」
「寧ろ寝ようとしてた。校長の話長いし眠いし」
「あ、じゃあ邪魔しちゃった?」
「別に。そういうお前も式中に話しかけてくるなんて校長の話つまらないんだろ」
「はは、正解」

こんなに近くにいるのに、と思う。でもいつかきっと。そう考えていた。思い出さなくても感覚で「もしかして何処かで会った?」なんて聞いてくるかもしれない。側にいる事さえ出来ればその内どうにかなるかもしれない。最初は淡い期待ばかりしていた。でも現実は優しくなかった。勘右衛門は必ず「はじめまして」と私に言うだけだった。それはまるで私と勘右衛門の、思いの容量差を表しているようで虚しかった。

本当は忘れたいのは私の方なのだ。一緒に飯を食ったりだとか学舎で共に勉強に励んだとか、2人で夜道を歩いたのも喧嘩したのもお前に初めて彼女が出来たのも結婚していったのも繰り返し私から離れていくのも。お前のくれる温もりも優しさも笑顔も全部忘れてしまいたい。なのにいつも戻ってきてしまうのだ、勘右衛門の元へ。たとえ息苦しくても。伝わらない、伝えられないと分かっていても。結局はその温もりや笑顔が私は欲しかったのだ。

「俺は尾浜勘右衛門。君は?」

うん知ってる。この時代でもよろしく。思わず出そうになった声と涙を押しとどめ「鉢屋三郎だ」と手短に挨拶した。勘右衛門は「鉢屋ね。よろしく」と言って、へら、と再び笑う。昔から変わらない。昔から好きだった。

(もどかしいよな。私も、お前も)





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薄幸(尾←鉢企画)様に提出させて頂きました。素敵な企画ありがとうございました。

20111204

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