「なーんか三郎、元気ない?」

ある日の委員会活動後、勘右衛門は頬杖をつきながら三郎に聞いた。


「……何で」


同級生の不破雷蔵にそっくりな、ふわりとした髪の後ろ姿を見せ三郎は静かに返事をする。


「今日は庄と彦にべたべたしないじゃん。どことなく優し過ぎるっていうか必要最小限の事しか話してないっていうか」


本日の活動は書類のまとめや行事確認の仕事を遂げ、委員会を終了した。すると三郎は後片付けを自ら引き受け、一年生二人をすぐ帰したのだ。勘右衛門は片付けを手伝うと言いこの場に残った(実際はだらけているばかりで主に動いているのは三郎だ)
三郎は勘右衛門に背を向けたまま、書類を整理する手を休めず会話を続けた。


「別に。いつも庄左ヱ門と彦四郎に後片付けを任せてばかりだから今日は私がやろうと思っただけだよ」

「それにしたって、いつもなら片付けした後でお茶したり2人に構ってもらいたがる癖に」

「お前は口より手を動かせよ」


確かに三郎は今日は下級生との触れ合いが些か少ない。勿論、普通に会話はしていたが冗談を言ったり他愛ない話が一言もなかったのだ。三郎はいつもと変わらないように見え、下級生に対して気を遣っているのは明らかだ。


「ひょっとしてこの前の任務気にしてんの?」


勘右衛門の発言にぴくりと三郎の肩が揺れた。
五年生は数日前、い組とろ組合同で任務に出掛けた。任務自体は然程難しいものではなかった。しかしその帰り道、追手に襲われ一瞬でその場は惨い地になった。戦場を飛び回り傷を負った者も多い。三郎と勘右衛門の忍装束は血で染まった。


「……私の手は汚れているな」


三郎がぽつりと言う。
忍者は時に残酷で非情でなくてはいけない。生きるか死ぬか、とか。助けるか見捨てるか、とか。戦うか逃げるか、とか。限られた選択肢の中で過ごさなければならない。


「でもそれが忍者でしょ」


勘右衛門が淡々と告げる。意外と割り切った性格だ。それとも自分が甘いだけだろうかと三郎は頭を捻る。


「分かっているさ。今更どうしようもないのは」


下級生の二人を思い浮かべた。いつかきっと、あの無邪気な笑顔が歪んでしまう時が訪れてしまう。
おまけにうちの後輩達は優秀だ。一年は組の頭脳である黒木庄左ヱ門、成績優秀な一年い組の今福彦四郎。並外れた力があるからこそ任務には忠実になりそうな予感がする。余計に心配だ。


「ただあの子達がこれからそういう事をすると思うと……ね」


それだけ、と三郎は呟き勘右衛門の方を向いた。自嘲気味の笑みを浮かべている。
このやるせない気持ちをまだ知らない、あの子達が憎い。同時に愛しい存在。自分の汚れた手で触れてはいけない気がした。


「三郎」


しばらく黙り込んでいた勘右衛門が三郎に近付いてくる。勘右衛門は手を伸ばした。
ぎゅむ、と勘右衛門は三郎の頬を掴み解すように引っ張ったり揉んだりを繰り返す。彼の不可解な行動に三郎は戸惑ったが、一定時間続いたそれに耐えきれなくなり、思わず大きい声をあげた。結構痛いのだ。


「〜っ何すんだよ!」

「あはは。やっと崩れた」


勘右衛門は目を細め、ゆっくり続ける。


「確かに俺達の手は汚れているけど、何かを救えるのも俺達のこの手でしょ」

「……」

「っていうか三郎は難しい事考え過ぎなの!もっと今を大切にしよう!」

「お前が気楽なんだろ!あと頬を弄るのをやめろ!」

先程の雰囲気から一変し、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていると「失礼します」と戸の向こうから声が聞こえた。慌てて、どうぞと応えると扉から一年長屋に帰った筈の彦四郎がひょっこり顔を出した。その後ろから続けて庄左ヱ門も現れる。
庄左ヱ門は両手で皿を持っていた。皿の上には沢山のおはぎが乗っている。
「お疲れ様です」と丁寧に告げ2人は入室した。


「彦ちゃんに庄ちゃん……どうしたの?」


目を丸くする三郎の問いかけに2人が照れくさそうに言う。


「食堂のおばちゃんがおはぎを作ってて。おすそわけして貰ったんです」

「先輩達に差し入れと思って。一緒に頂きませんか?」


それを聞いた勘右衛門は三郎の頬からぱっと手を離した。


「えーっやったあ!お茶淹れようよお茶」


嬉しそうな声を発し彼は立ち上がる。湯呑み茶碗を出すため棚に向かう彼を三郎は呆気に眺めた。全くこういう時ばかり積極的だなコイツは、と三郎は思う。
いそいそと準備を始める勘右衛門の鼻歌に混じり彦四郎のごく小さい声が聞こえた。どうやら庄左ヱ門に話しかけているようだ。気になった三郎がこっそり耳を傾ける。


「尾浜先輩喜んでくれたね。鉢屋先輩は……どうかなあ」

「大丈夫。喜んでくれるよ」

「先輩、元気になってくれるといいね」

「うんっ」


はにかみながらひそひそと話す二人は微笑ましかった。


(──私の為に?)


三郎の胸がじんわりと熱くなる。ぽっかりと空いた穴が埋まるようだった。


「庄左ヱ門、彦四郎」


真摯に名を呼び、三郎は二人の前に屈んだ。
ありがとう、心配かけてごめん。しかし今はそれよりも先に口がこう動いた。


「ぎゅっとしていい?」


庄左ヱ門と彦四郎は顔を見合わせ驚いた表情をしたが、揃って大きく頷く。傍らでは、ほら、言った通りでしょと言わんばかりに勘右衛門が片目を瞑った。


(その手に救われる、この手で触れられる)


こんな事で先程の思いが和らぐなんて単純だと笑われるだろうか。でも、それでも良い。
愛する人達と菓子を食べる我が儘くらい許されるよな。誰でも、私にもきっと。この先どんな事が待っていても。
三郎はそう感じながら2人をひとしきり抱き締めた。




愛想も愛憎も振り撒いて
今日も私は我が儘言うの



企画せんがんへ提出
ありがとうございました!
20121124




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