「フィディオは私に投げキッスをしてくれたのよ」
「あの青い目で見つめて囁かれたら私はきっと死んでしまうわ」
街を歩くたびにどこからか聞こえてくる女の子たちの可愛らしい声。それはたとえ耳を塞いだとしても聞こえてくるだろう。
サッカーゴールのポストの傍に立っている私は小さく溜息を吐いて、フィールドを走るフィディオを見つめた。
「好きだよ」と、そう言って私を抱きしめてくれるフィディオを拒絶したことはない。彼を疑うなんてことは馬鹿げているけれど、不安は募るばかり。それに言葉なんていつでも嘘に成り替わることが出来るものを信じていいものか、疑うべきなのか、よくわからない。信じたいのはやまやまなのだけれど。
フィディオが私を愛してくれていることは嬉しい。
だけど、こんなに不安を感じて何も手に付けられなくなるならば、愛されないほうが私は楽だったのかもしれない。
「名前」
誰かに名前を呼ばれて俯かせていた顔を上げると、向こうから嬉しそうにフィディオが走って来るのが見えた。「どうしたの?」そう尋ねると、とフィディオはふわりと優しい笑みを浮かべて「あともう少しで終わるから」と言った。
悲しい表情を浮かべただけなのに、フィディオはこうやって私に寄り添って歩いてくれる。愛されているのだと実感するが、それは恐ろしい何かを伴うものだ。
わかっている。
愛されないほうが楽だと表面上は思っているふりをして、本当は自分が愛されなくなるのが怖いのだということくらい。
だけど、だけど。そもそも愛とはなんなのだろう。形のないそんなものを確かめる術などあるというのだろうか。
「名前?」
そのとき、不思議そうな顔をしたフィディオが私の顔を覗きこんだ。はっと我に返って顔を上げると、心配そうなフィディオと目が合う。
「大丈夫か?」
「うん、ちょっとぼんやりしてただけ」
心配させてはいけないと笑顔を浮かべる。だがフィディオは笑顔を浮かべることなく真剣な瞳のまま、ぺたりと私の額に手を当てた。突然のことに驚いて肩を揺らしたけれど、フィディオの少し冷たい手が心地いい。
「フィディオ?」
「…熱はないみたいだけど」
どうやら彼は私の調子が悪いと思っているようで、今度はその手を私の頬に添えた。フィディオは優しい人だと思う。こんなに心配しなくても大丈夫なのに。
「あと少しで終わるから、それまで待っててくれ」
心配そうな声色は優しさで満ちている。フィディオのその言葉にこくりと頷くと、フィディオはほっとしたように微笑んだ。そして再び練習に戻ったフィディオの後ろ姿を見つめて、私はフィディオに触れられた額に手を当てた。熱はないけれど、少しだけ熱いような気もする。
ああ、いや、そうじゃない。熱いのは頬だ。フィディオが心配してくれたことが嬉しくて、なんだか気恥ずかしいのだと思う。
小さく息を吐いてフィールドを走るフィディオに目をやると、フィディオと目が合った。まだ私のことを心配そうな瞳で見つめている。
ああ、不安になる必要はないのだ。
だってこんなにもフィディオは私を愛してくれているのだから。
そして私も彼を愛していて、幸せなのだから。
0414/盲目的恋愛論