「ナマエ」
とある日常の中のいつものランチタイムの時間。
友達と中庭の芝生でランチボックスを広げて他愛無い会話を繰り広げていたそのとき自分の名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのはフィディオだった。驚きで間抜けな顔をしている私に、フィディオは明るい笑顔を向けて「ちょっといいかな」と微笑む。
「ほら、ナマエ。行って来なさいよ」
「う、うん」
何も知らない友達に背中を押されて立ち上がり、フィディオの元へと向かう。歩く速度はゆっくりだ。だって、まだ彼とこの関係になって二人きりになるというのは慣れていないから。
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フィディオと一緒に歩いて辿りついたのは芝生のサッカーコートの傍にあるベンチだ。サッカーコートでは昼休みのため、マルコやジャンルカたちがサッカーをしていた。らは私たちに気付くと大きくこちらへ手を振ってくれた。
「今日の朝のフランス語の授業でさ」
「うん」
付き合い始めてからこうやって話すのは何回目だろう。
隣にいるフィディオを意識をして恥ずかしくなるけれど、それよりもやっぱり幸せで、でもやっぱり照れくさくて、自分も自分の気持ちがコントロールできなくなる。
フィディオに赤くなった頬を見せるのが恥ずかしくなって顔を俯かせたそのとき、マルコの蹴ったボールがフィディオの足元に転がった。きょとんとした表情のフィディオと顔を見合わせる。
すると、マルコたちが「フィディオ、こっちにパス!パス!」と大きくこちらへ手を振った。どうやら彼らはフィディオと一緒にサッカーをしたいのだろう。
私は迷うような表情を浮かべていたフィディオに微笑みかけて「いいよ」と頷く。するとフィディオは少し申し訳なさそうに微笑んで立ち上がると、「すぐ戻るから」とサッカーコートへと駆けて行った。
「ジャンルカ、行くぞ!」
「ああ!」
楽しげな声に目を細めて、彼らを見つめる。ずっとフィディオと一緒に話していたいという気持ちがないわけではないけれど、私はフィディオがサッカーをしている姿も大好きだから。
フィディオがサッカーをしている姿はきらきらと輝いていて、いつのまにか私まで楽しくなってしまっていた。素早いパスを回してあっという間にシュートを決めたフィディオは私の座っているベンチに目を向けると、私に手を振る。私も手を振り返すと、不機嫌そうな顔をしたマルコくんとジャンルカくんがフィディオの頭を小突いた。そして彼らも私に手を振って「ナマエ、次は俺がシュート決めるから!」と微笑む。
「うん!」
もう少しで昼休みが終わってしまうけれど、それまで彼らのサッカーを見ていようと決めて微笑む。ふとサッカーボールから彼らへと視線を移すと、さっき小突かれたフィディオがこそりとマルコの耳元で何か言ったようだけれど、どうかしたのだろうか。
「ナマエはオレの彼女、だから」
そうフィディオが言ったことになんて気付かずに、私はマルコが顔を真っ青にした理由を考えているのだった。
0626/あまいはなし